ロシア軍がウクライナに軍事侵攻を開始して既に3年半が経過した。ロシア軍はウクライナ東部ドンバス地方(ドネツク州、ルハンスク州)をほぼ占領、南部のヘルマン州、サボリーシャ州でも優利に戦争を展開している。ただ、ロシア軍だけではなく、ウクライナ軍にも戦闘疲れがみられる。同時に、ウクライナ避難民を積極的に受け入れた西側にも息切れが出てきた。

ポーランド・カロル・タデウシュ・ナヴロツキ大統領 同大統領インスタグラムより
ウクライナ戦争が勃発した直後、多くのウクライナの女性や子供たちが隣国のポーランドに避難した。ロシアに対して歴史的に警戒心が強いポーランド人は隣国から避難してきたウクライナ人が国境の駅に到着すると、食料や住居を提供するなど、ウクライナ避難民を温かく歓迎した。
そのポーランドでナブロツキ新大統領は25日、ウクライナ難民への社会保障給付の延長に拒否権を発動した。「就職していないウクライナ人には無償で医療を受けさせるべきではない」と説明、ウクライナ難民への社会保障給付金の支給を就労状況に依存させる考えを明らかにした。
同国では、保護ステータスを持つウクライナ国民は、子ども1人につき月額180ユーロ相当の児童手当を受け取る。2人目以降の子どもには、最初の2年間、月額117ユーロの育児手当が支給される。難民はまた、教育制度と医療サービスを無料で利用することができ、ポーランドの家族と同等の権利を有する。ポーランドの難民の就労率は65%で、保護ステータスを持つウクライナ国民の合計約98万9000人がポーランドに居住している。その大部分が女性と子供たちだ。トゥスク首相率いる中道左派連合の投票により可決されたこの法案は、難民が2026年3月までこれらの社会保障給付を受け続けることを規定していた。
このニュースを聞いた時、「クリスマス・キャロル」の作者、英国作家チャールズ・ディケンズ(1812~70年)とデンマークの童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805~75年)の交流を思い出した。両作家は親交があった。アンデルセンは1857年、ディケンズ宅を訪問し、そこに宿泊した。ディケンズと家族は数日か1週間ぐらいの滞在と考えていたが、ディケンズ家の歓迎もあり、ロンドンが気に入ったアンデルセンは滞在し続けた。親切なディケンズの家族だったが、「デンマークの客はいつ出ていくだろうか」という当惑の声が飛び出してきた。ホストの家族の事情など知らないアンデルセンはその後も長期、ディケンズ宅に滞在した、というエピソードだ。
ポーランドをディケンズの家族、アンデルセンをウクライナ難民とみると、最初は善意から歓迎した事項も時間の経過と共に、その善意が重荷になってくる。それは珍しいことではなく、多くの人が程度の差こそあれ人生で何度かは経験することだろう。これは国にも当てはまる。
ポーランドではロシア軍の侵略を受けるウクライナを支援することで与野党の間には大きな相違はなかった。ただ、ロシアがウクライナ産穀物の黒海経由での輸出にストップをかけて以来、安価なウクライナ産穀物がポーランド市場に流れ、ポーランドの農民たちがウクライナ産穀物の流入に反対したため、政府はウクライナ産穀物の取引禁止策を取らざるを得なくなり、、ポーランドとウクライナ間で一時期不協和音が流れたことがあった。
ところで、ポーランドで6月1日、大統領選挙の決選投票が実施され、愛国主義的右派の野党「法と正義」(PiS)の候補者カロル・ナブロツキ氏が親欧州派の与党リベラル派「市民プラットフォーム」(PO)が支持するラファウ・チャスコフスキ氏を破り、当選した。ナブロツキ氏が当選したことで、大統領府をPiS、政府が与党POが主導するというねじれ関係が今日まで継続されている。ナブロツキ氏は選挙戦中でも`ポーランド・ファースト`を掲げ、ウクライナ支援の見直しを主張してきた。
ウクライナへの支援は単なる善意ではなく、欧州全土の安全保障を守るか否かの問題だ。それにしても、戦争が長期化し、その停戦の見通しが立たない現状では、避難民を収容するという善意の政策もその時々の政治、経済事情に影響される。ちなみに、ナブロツキ大統領の拒否権をひっくり返すには、議会の3分の2の支持が必要だが、トゥスク現政権はそれを有していない。
なお、2015年夏、中東・北アフリカから多くの難民が欧州に殺到、ドイツには100万人の難民が殺到した。当時のメルケル首相は人道的視点から難民のウエルカム政策を実施し、難民を受け入れていった。あれから10年が経過したが、政治家や国民の間には難民ウエルカムの痕跡はもはや見られない。同時に、ポーランドと同様、シリア難民やウクライナ避難民への支援カットが囁かれている。欧州各地で‘自国ファースト‘を主張する政治勢力が台頭するなど、難民、避難民に注がれてきた「善意」は次第に限界を迎えている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年8月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






