米海軍が理解できない海上自衛隊の人事。司令官が10カ月で交代し、経験が乏しい人間が着任…腰掛けのような艦隊勤務だけこなし、デスクワークが得意な人間が出世していく

旧日本海軍は、将官の中にも戦死者が相次ぎ、人繰りが厳しい中でも、「あいつはまだ早すぎる」「彼の前に年次が上のあいつを昇任させてやらないとかわいそうだ」などと、平時と変わらない人事をやっていた。
部隊実務の優劣よりもペーパー試験や論文に長じたものが成績の上位に立つ傾向にある。もちろん、それで終わりではなく、選抜後1年間の幹部学校学生修了時の成績が、新たなハンモックナンバーに影響することとなる。
海上自衛隊には年次主義に基づく2年ルールが旧海軍から引き継がれているが、例外はある。2年よりさらに短く、1年、ひどい場合は1年足らずで異動させるケースもあるのだ。こうした現象は、友軍の米海軍からは奇異の目で見られることになる。
私が護衛艦隊司令部の幕僚長を務めていたころだから、1990年代後半の話だ。ある日、在日米海軍の友人から呼ばれた。彼とはツーカーで、なんでも話せる仲だった。
「自衛艦隊司令官が交代するんだって? 辞める司令官は不祥事でもやらかしたのか?」
「まだ着任してから10カ月しか経っていないだろ? 海上自衛隊は戦闘部隊のトップを10カ月で辞めさせるのか?」
本来は本命の将官がいたのだが、その人物は海上自衛隊ナンバー2の自衛艦隊司令官に就任するには「まだ早すぎる」という話になったのだ。このため“ワンポイントリリーフ”として本命の1期上の将官が自衛艦隊司令官に就任し、本命が“適齢期”になった10カ月後に交代となったというわけだ。
仲の良い米海軍の友人からは「なんであの人が自衛艦隊司令官なのか?」という質問を受けることがあった。
自衛艦隊司令官や水上艦の中央組織である護衛艦隊司令官の中には、戦闘艦の経験が米海軍に比べ極端に短い人間もいた。護衛艦隊司令官、自衛艦隊司令官は、海上幕僚長に上り詰める可能性の高い配置である。だから、旧海軍の人事制度を基本とした海上自衛隊の人事では、デスクワークは得意だが、艦隊勤務の乏しい人間も“将来の海上幕僚長”として自衛艦隊司令官に着任することがあるのだ。
米海軍ではこんなことはまず考えられない。たとえて言うならば、自衛艦隊司令官とは、米海軍の第7艦隊司令官のようなものだ。兵員35万人の巨大組織である米海軍であっても、第7艦隊と同等の艦隊は5つしかない。この艦隊司令官を10カ月で交代させることなど米海軍にとってはあり得ないことだし、その理由が年次の都合であるということなど想像を絶するのだ。
米海軍のトップは作戦部長というポストだが、戦闘経験がある前線指揮官を務めた者でなければ就くことはできない。(中略)米海軍の柱である空母打撃群を指揮した人物が海軍トップに上り詰めることが一般的である。
だが、海上自衛隊の場合は、イージス艦の艦長が海上幕僚長はおろか、海将に上り詰めるケースも極めて少ない。
海上自衛隊で重視されるのは、実任務の経験ではない。東京・市谷で背広組の防衛官僚にうまく説明できるとか、マスコミ対応がうまいとか、そんなことが評価され、自衛艦隊司令官や海上幕僚長への階段を登って行くことが多い。米海軍は、「こいつらは本当に戦闘組織なのか」といぶかしく思うのだ。
批判を承知でいえば、警察庁のキャリア官僚も似たような人事の慣習があると聞く。つまり、警察官僚がトップに上り詰める過程では、どこかの都道府県警の本部長を務めることが必要になるのだが、将来を約束されたような優秀な警察官僚が配属されるのは、事件が少なく、捜査ミスも起きにくい都道府県に配属されると聞く。真偽のほどは不明だが、これと似たようなことが海上自衛隊でも行われているのだ。
これは自衛隊だけではなくて内局、その他の官庁のキャリア組にもいえる話です。本来最低でも3年、できれば5年は同じポジション、あるいは関連のポジションにつけるべきです。1〜2年交代ではそのポジションの勉強する時間すらない。だから勉強しない。
かつて陸幕広報室長が部下に「仕事をするな」と訓示したそうです。仕事をして何かトラブルが起きたら自分の出世に障るからでしょう。実際岩田幕僚長時代の松永広報室長も部下にぼくに対して居留守をつかえと命じていました。
プロフェッショナルとして意識に欠けます。この話を元幹部自衛官で防衛産業の人に話したら「自分でもそうします」と平然といっていました。職務よりも自分と組織防衛を優先する文化が染みついています。こんな組織が戦争に強いはずがありません。
それに自衛隊では幹部(将校)の移動は引っ越しを伴うことが多い。2年ごとに引っ越しだと費用もかかるし、子育ても大変です。
これまた退職者増える一因になっています。
内局の広報の仕事も同じです。本来広報もスペシャリストがやるべき仕事です。記者クラブと癒着していればその必要はないのかもしれません。
例えば英国の国防省の調達を担当するDSEの前の広報官はぼくと同じ歳で、少し前に退職しましたが、彼は20年以上その地位にいました。彼は単にリリースを出したりするだけではなく、積極的に自国の企業をジャーナリストに紹介したり、インタビューをセットしたり、またぼくらから各国の事情を積極的に収集していました。
昔DSEの高官とDSEIで会合がセットされたのですが、当時英国は我が国と防衛協定を結ぼうとしていましたが、防衛省や経産省に行っても誰がキーパーソンなのか全くわからないので困惑しているという話でした。
まず日本の装備調達が異常であること。何をいつまでに調達して、総額がいくらでそれを議会が承認して、契約しないと説明したら、「困ったな、おい」という表情をされておりました。一時間ぐらいお話しましたが、話を聞くならば、財務省の防衛担当主計官に話を聞いたらどうでしょう、と申し上げたら「君は天才だ!」とお褒めにあずかりました。
その少し後に日英防衛装備協定が締結されました。まあ、ぼくの無料奉仕の一つでした。
逆に彼を通じて英海兵隊の取材が2回実現しました。日本人ではぼくだけです。取材には彼も泊まりで同行しました。そうでないと許可が下りなかったようです。これも長年にわたる付き合いで人物がわかっていたから骨を折ってくれたわけです。
因みに彼は元MI5の出身です。更に退職前にMBE勲章を受勲しています。本人は近所のボランティアやっていたからだといっていましたが、そんなわけがないだろう(笑
こういう連中と本邦の2年交代の広報担当者では国が得られるベネフィットは大きく違います。
防衛省だけでありません。他の省庁も同じです。結果が出るころには転籍しているので、誰も責任をとりません。財務省の主計官も通常2年ですが、1年交代も少なくない。節目に当たるときは3年程度です。ですが、夏前に移動してきていきなり前提知識がなく査定するのは困難です。
それでも例えば防衛省担当の場合、防衛省に出向していたり、主査の経験があればいいのですが、それなしでいきなりは本来無理があります。しかもその下の主査クラスまで入れ替えになればなおさらです。
できれば最低3年は担当し、防衛省出向や主査などの関連のポジションの経験者にすべきです。そうでないと5年、10年単位の計画策定や調達や人事の問題点を的確に把握して、適切な予算を組むことは難しいと思います。
日本の役人はすべからく、同じポジションをせめて3年、また関連部署での経験を積ませるべきです。そうでないとジェネラリストと称する何の分野にも詳しくない歳を食った素人を製造することになります。これは記者クラブも同じです。
神輿は軽くてパーがいいというのは害悪です。
これは民間も同じです。20代のころ読売新聞広告局の下請けにいたのですが、中外製薬のミルフルの記事広告を担当しました。クライアントの課長の許可もとって大林信彦監督と女優の栗原小巻さんの対談をセッティングしました。
ところが宣伝部長が「俺は大林など知らない!」と言いました。
大林監督は当時は映画の監督でもヒットを飛ばしていましたが、もともとCM監督としては超大物でした。マンダムも彼が担当していました。
広告業界の人間で大林監督を知らないと公言することは自分は広告に無知なバカ者だと宣伝することに等しいわけです。しかも課長が決済したことをひっくり返すことは応じてくれた大林監督や栗原さんに失礼であり、社会人としての常識を欠いています。
この程度の屑が中外製薬では部長になれたわけです。
無知でバカなら黙っていればいいのですが、そういう屑ほど自分の権力を誇示したがって影響力を行使します。
日本企業が追い付け追い越せ、ガンバリズムだけで成長できた高度成長期には上が馬鹿でも兵隊のガンバリズムで成長ができました。
ところがバブル崩壊後で独創的なことをやらないと伸びなくなっても無能な役員や経営者が現場にガンバリズムを強要したところに日本企業衰退の一因があるのではないでしょうか。
いずれにしても短期で人事異動は害悪でしかありません。

MasaoTaira/iStock
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6月12日陸幕長会見での質問。
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https://www.youtube.com/watch?v=kNHiSikwqqs
Note に有料記事を掲載しました。
内張り装甲とスポールライナーの区別がつかなかった防衛省とJSF君
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財政制度分科会(令和6年10月28日開催)資料
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編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2025年9月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。








