ゆっくり変化し続けるEV市場:消費者の主戦場が変わる自動車業界

自転車ロードレースでよくあるのが先頭集団から1人、ないし、ごく少数の選手が抜け出して独走するシーン。独走する選手をフランス語でエシャペ、先頭集団をペロトンと言います。なぜフランス語かといえば自転車レースのメッカ、フランスのレースで日常的に使うからでしょう。

ではEV(BEV)のケースで見るとテスラがエシャペでした。過去形となっているのは自転車レースでは8割の確率でエシャペをペロトンがレース後半で吸収するからです。吸収される理由はペロトンが20-30人の規模が先頭交代で体力を温存しながら追い上げるのに対してエシャペは風の抵抗を受けやすく、自転車レースの常識である先頭交代制でも少人数すぎて体力が追いつかないためです。このあたりのレース展開は最近では各選手が無線でレース展開の全体像を把握しており、チームごとの戦略が立てています。それこそ、エシャペとペロトンとのタイム差からいつ、どのあたりでペロトンが先頭を吸収できるか計算すらできるのです。(最近一時的に無線使用禁止という話もありますが。)

アメリカンフットボールでもそうですが、選手の体力や能力とは別に戦術が勝敗を左右することが大きくなった点をEV市場に照らし合わせるとわかりやすいと思います。

端的に言えば、以前から指摘しているようにテスラの独走は相当厳しく、ペロトンである世界の主要メーカーが猛然と追いかけている状況です。これは中国でも同じでBYDの売れ行きの伸び率は急速に落ちています。これはEV市場の成長が鈍化しているのではなく、他社が追い上げているのです。24年のデータでちょっと古いのですが、販売台数1位のBYDは前年比37%増の372万台に対して第2位の吉利汽車は94%増の86万台と差はまだ大きいものの猛然と追い上げています。

Robert Way/iStock

ちなみに中国での24年度EV販売台数は772万台で市場の約24.6%、PHEVが514万台で両者合わせてNEVが4割の販売台数がとなっています。これが25年8月の販売台数を見る限りPHEVは5か月連続減となる一方、EVに再びシフトしている様子が見受けられます。

これが何を意味するかと言えば中国国内で起きているのはEV 対 内燃とかHVやPHEVを加えた方式戦争ではなく、EVの上にどんな技術やシステム、ソフトウェアを乗せるか、という次元が一つ上がったレベルに入っています。では中国市場では日本勢EVはどうかといえばトヨタと日産が奮闘しています。両社とも投入したのは「お値打ち品」であります。一方、ホンダは長い航続距離を謳ったEV車を投入したものの全く売れず、価格を2割ぐらい下げてそれでも苦戦という状況にあります。またエンタテイメントシステムや運転支援システムが普及しつつある中国車において日本車がほとんど追い付いていないという事実があります。

アメリカではトランプ大統領の政策でEVの行方も紆余曲折していますが、欧州ではEV化は確実に進んでいます。もちろん、30年までに全面EV化というその昔に掲げた目標には到達しないでしょう。ただ欧州内では国により濃淡はありますが、ノルウェーの今年4月時点のEV比率はなんと97.4%となっている国もあるし、ドイツでも補助金問題で一時売れ行きが鈍りましたが、25年上半期登録比率は17%を超えており、今年後半企業向け優遇措置が出るので販売回復が見込まれています。欧州では自動車のEV化は再加速する可能性があるとみてよく、トヨタも急いでチェコ工場でEVと車載電池を生産することにしました。またトヨタが中国で発表したbZ7はかなり本気度があると思います。あれは日本に逆輸入したら結構売れるのではないかと思います。

ところで先日BYDが日本で大幅値引きをして販売するというニュースがあり、コメントには「BYDも値引きしないと本国でも日本でも売れなくて苦労しているのだろう」というのんきなものが目立ちました。私は真逆にとっており、非日本車のEVが日本市場を席巻してしまうのではないかと危惧しています。中国のEVを日本は甘く見過ぎている、そんな気がします。中国製が「ダサい、壊れる、劣っている」というのは10年も前の話で今では日本市場ではウサギと亀のような話だとみています。それは評論家がどうこう言う話ではなく、市場と消費者が判断するものです。

個人的に思うのはアメリカやカナダが中国製自動車を輸入禁止にしているのは、あれが北米に入ると自動車市場は一気に変わる公算が高いリスクがあるからだと考えています。「外来種は恐ろしい」、これが私の警鐘であります。

自動車の話をすると途端に熱いコメントが増えるのですが、以前から申し上げているように何に乗るかは個人の自由であり、その心情を語るのも構わないと思います。ただし、私は市場は着実に変わりつつあるのだという点だけは強調したいと思います。なぜ市場は変わるのか、といえば消費者の主戦場が変わるからです。つまり世代交代です。80年代に内燃機関のクルマでブイブイいわせていた人が今を語ってもそれは40年も前の話なのです。その間、世代は1.5回転しています。市場は世代が3回転ししたら全く違うものになるケースもあり、今や過渡期にあると考えています。

日本市場で気をつけるべきはその日はある時、突如やってくる、ということです。今回、赤沢氏がアメリカと関税交渉した中でEVの充電方式の市場開放が謳われているならこれはトリガーになるかもしれません。世界においてEV市場はゆっくりと、しかし、確実にそのシェアを高めているし、自動車会社もテクノロジー満載のクルマを作るのに内燃機関では世界戦略車になりにくくなってきたと見ています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年9月15日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。