証券会社の自浄能力(インサイダー防止体制の運用)は機能するか? --- 山口 利昭

アゴラ編集部

8月7日、上場企業の公募増資を巡るインサイダー取引問題を受けて、大手の証券会社12社は、金融庁に報告した社内の情報管理体制などに関する自主点検の結果を一斉に公表しております。証券会社がどのように「自浄能力」を示しているのか、コンプライアンス経営に関心を持つ者としては全12社の報告書に目を通したいところですが、とりあえずSMBC日興証券社の「法人関係情報管理態勢の改善・強化策」について報告書を読ませていただきました。


日興証券社は既に業務改善計画において策定された改善策を発表しておりますが、今回の新たな改善策は、インサイダー取引防止体制の整備事項としては、なかなか突っ込んだ内容となっており、興味深いものであります。たとえば社員のインサイダー取引関与等によって証券会社の発生した損害について、これを当該社員に賠償請求することが明文化されるそうであります。そもそも、株主代表訴訟等により、企業の役員がインサイダー取引防止体制の整備義務違反が問題とされた場合、これまでは株主側が会社の損害や因果関係を立証することが困難だったわけですが、たとえばこういった規定ができますと、社員の犯罪によって企業がどのような損害を被るとされるのか(相当因果関係のある損害というのはどの範囲だと捉えられるのか)、今後の株主代表訴訟等においても参考になるものと思われますので、株主側からも関心が向けられるところではないでしょうか。

また、日興証券社だけでなく、多くの証券会社が業務用携帯電話の録音機能を強化する、とのことであります。インサイダー情報の管理を目的とするものでありますが、たとえば証券被害事件の顧客が証券会社を相手取って損害賠償請求訴訟を提起する場合、「原則として顧客とのやりとりは録音されている」という状況が基本となるのであれば、文書提出命令の運用や注意義務違反を基礎付ける事実の主張・立証の面において証券会社を相手とする被害者にとってもたいへんありがたいことになるのではないでしょうか。内部統制システムを整備した企業が、その運用を適切に行っていない場合には、そのこと自体が会社側にとって不利な証拠になる、ということは昨年のオリンパス配置転換命令無効等確認事件の東京高裁判決(最高裁で確定)でも確認されたところであります。

さらに内部監査部門による役員(取締役及び執行役員)の監査の実施が開始されるそうであります。これはかなり画期的なことのようにも思われます(企業実務として、執行部に属する内部監査部門がその監督者自身を監視する、ということはあるのでしょうか?)。しかし、内部監査部門が、本当に役員の不正もしくは不正のおそれをチェックすることができるのでしょうか。またチェックできたとしても、それをきちんと報告するだけの勇気があるのでしょうか?かなり疑問であります。監査役さんが4名ほどいらっしゃるようなのですが、なぜ監査役スタッフを増員して、監査役スタッフによる監視としないのか理解しにくいところであります。そもそも今回は情報管理体制の徹底が問題とされているのであるわけで、内部監査部門はこの情報管理体制の不適切なことに疑問を抱くことが「どういった理屈」から可能となるのでしょうか?内部監査部門だけは例外的に機密情報にアクセスできる、ということなのでしょうか。昨年のオリンパス損失飛ばし事件では、M&Aという機密情報にかかわる情報をごく一部の幹部役員が握っていたために、モニタリングが不全に陥ったものと調査報告書で分析されていましたが、証券会社の場合は、内部監査部門によって機密情報にもアクセスできる、ということが前提なのかどうか、とても知りたいところであります。

自浄能力を発揮するための施策というものは、整備することの100倍ほど、運用することは難しいわけでして、さまざまなリスクを抱えてでも、インサイダー取引の未然防止という最大の目的を遂行できるよう、適切な運用が求められます。今後の各証券会社の自浄能力がいよいよ内部統制システムの運用面によって発揮されることを期待いたします。

(追記)
本日のダイヤモンド・オンラインの記事に、大和証券社の内部資料に基づくインサイダー調査の内幕を語ったものが掲載されています。そのなかで、固定電話での会話は5年間保存されるため、顧客との会話は携帯電話でかけなおすことが常態化していることが説明されていました。やはり携帯電話の会話保存ということが、インサイダー情報伝達防止のために有効な手法、ということなのでしょうね。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年8月8日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。