
「DSEI UK 2025」会場の入口
出典:NSBT Japan撮影
NSBT Japanアナリスト 辻 一平
「変化は機会である」。
この産業革命期の思想に思いを巡らせながら今回、「DSEI UK 2025」の開催されたイギリス・ロンドンから「Preparing the Future Force(未来の戦力への備え)」というテーマに沿って、未来への潮流を見た。
産業革命の時代に人類は、蒸気機関の登場を脅威とも機会とも捉えた。そして、そこからの選択が国家や企業の命運を分けた。同様に、私たちは今、新しい技術がもたらす戦場の変化に直面しているようだ。
本稿では、実際に現地の会場を歩いて強く感じた変化を「戦場」と、それに応える「戦士」という視点で考えてみたいと思う。
戦場の境界が消えていく
従来、戦場といえば「陸・海・空」などという物理的な領域に区切られていた。ところが今回の展示会で強調されていたのは、戦場の境界そのものが解体されつつあるという現実である。
例えば、陸軍の兵士が手にする端末は、単なる情報端末ではない。そこから得られるデータは、同時に海上の艦艇や上空の航空機に共有され、さらに宇宙・サイバー空間を介して即座に作戦判断に利用されるのだ。
戦場はもはや『場所』の定義には収まらず、ネットワークを通じて流れる情報を併せた『空間』へと変わりつつある。
「前線」という概念すら薄れ、後方にいる人間も瞬時に作戦の一部となる。つまり戦場を物理的に再定義するのであれば、常時・全域で広がる『無形の戦場』に移りつつあるのではないかと思う。
戦士の役割の変化
こうした再定義の中で、戦士の役割も大きく変化している。従来の戦士像は「強靭な肉体と精神を備え、火器を操る者」であった。もちろんそれは今でも重要だが、未来の戦士に求められるのはそれだけではない。
DSEIの会場で印象的だったのは、各国の展示ブースで繰り返し強調された「戦士=センサー、そしてノード」という発想である。兵士一人ひとりがネットワークに接続され、移動しながら情報を収集し、同時に共有する。戦士は単なる戦力ではなく、情報戦の一部として機能する存在へと変化している。
さらに、無人機やAIの導入によって、「人間にしかできない領域」が鮮明になっている。直感、倫理的判断、そして不測の事態への柔軟な対応。未来の戦士とは、テクノロジーを使いこなす存在であり、機械に置き換えられない価値を発揮する存在である必要がある。
だがもし、それさえもAIが代替してしまうならば、人間の役割はどこに残るのか。まさにこの問いが、現代の我々に突きつけられている。すでにネットワークノードの意思決定にAIによる判断は拡大しているが、だからこそ人間には最終判断を担う責任が残されている。

AARONIA AG社のブースに展示されたドローン検知システム「AARTOS」
出典:NSBT Japan撮影
教育と訓練の再設計
日本にとっての「未来の戦士」をどう育てていくのか。今回の「DSEI UK 2025」からはこの問いに答えるための大きな示唆がいくつか得られた。
第一に必要なのは、教育・訓練の再設計である。従来型の訓練は体力・技能の習得が中心であったが、未来の戦士には「情報を処理し、判断を下し、ネットワークを通じて共有する能力」が必須となる。それは一兵卒であっても同じだ。つまり、未来の戦士は運用者であると同時に情報処理者でもあると言える。瞬時に情報を選別し、状況を理解し、チーム全体の行動に反映させる能力が問われる。それを可能にする最新技術が筆者の目前に広がっていた。
第二に、装備の開発スピードへの対応だ。DSEIで出会った装備開発者たちはウクライナ戦争以降、「戦場は半年単位から月単位、そして週単位へと開発の速度を増している」と語っていた。未来の戦士には、こうしたスピード感に順応できる柔軟性が不可欠であることを示唆している。
民間技術と未来の戦士
もう一つ重要なのは、民間技術の導入である。展示会では多くの中小企業やスタートアップが、自社技術を防衛用途に応用しようという試みを数多く見られた。特にAI、センサー、通信技術、無人システムの分野では、こうした民間の力が圧倒的なスピードで成果を生み出している。

「Amazon」のブースに展示された衛星ブロードバンド「プロジェクト・カイパー」の模型
出典:NSBT Japan撮影
受け入れる各国の軍側もそのことをよく熟知しており、競争優位を維持するために積極的な姿勢を見せている。この陰には、元軍人たちを開発現場へ登用する実態がある。
実際に現場を知る者が開発する製品は、初期段階から高い水準で問題が解決されている。そして、現役の軍人たちはこの技術を単なる利用者として受け入れるだけではなく、共に開発し、改善に関与する存在にならなければならない。現場のニーズを民間にフィードバックし、短期間で装備を改良していく。この双方向の関係が未来の戦場を支えるのだと思う。
戦士の倫理と機械との境界
現在は機械と人間の協働が主流だが、無人機の急速な普及が示すのは、「機械同士の戦い」が現実化しているという事実である。しかし、その中で人間は何をすべきか。ここには倫理的な問いが横たわる。
技術が目的合理を極限まで追求する一方で、人間は価値合理を担う存在である。AIが判断する時代にあっても、最終的な責任と倫理的な選択は人間に残される。だがその領域すら技術に侵食される可能性があるとすれば、私たちは新たな倫理の枠組みを考えなければならない。
例えば、AIが標的を自動で選択するとき、最後の判断を人間が下すのか、それとも完全に機械に委ねるのか。未来の戦士には、この境界を理解し、責任ある意思決定者として行動することが求められる。つまり未来の戦士とは、単なる技術の担い手ではなく、倫理と戦術を両立させる存在でなければならないのだと思う。
結びに:未来の戦士像
「DSEI UK 2025」の会場を歩きながら、「戦場」と「戦士」の姿が根本から書き換えられていることを痛感した。
- 「戦場」は「物理的な場所」から「情報とネットワークの総体」へ。
- 「戦士」は「戦う者」から「センサーであり意思決定者」へ。
- 「技術」は単なる装備ではなく、民間との協働によって進化する資産へ。
この大きな流れの中で日本がすべきことは明確である。それは、教育・訓練の再設計、民間との連携強化、そして若い人材に「戦士としての新しい役割」を提示することだろう。
未来の戦士とは、肉体的に強靭であるだけでなく、意思決定者として情報を使いこなし、技術と倫理を両立させる存在でなければならない。DSEIの会場で見た数々の展示は、その姿を私たちに突きつけていた。

ウクライナの無人航空システムメーカー「SKYETON」のブース
出典:NSBT Japan撮影
最後に会場でブリーフィングを行った英国軍将校の言葉を引用すれば、「私たちが備えなければならない未来とは、今がそれである。残された時間は少ない」。ロシアを睨んだこの危機感に満ちた言葉は、我が国にとって無関係と言い切れるだろうか。
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辻 一平
NSBT Japanアナリスト。元陸上自衛隊特殊作戦群。小部隊戦術、暗所・夜間戦術、市街地戦、特殊作戦および関連装備に精通。目的型組織の構築や自立型人材の育成にも専門的知見を有し、現在は海外における作戦動向、部隊運用、先端装備に関する戦術的・技術的分析と評価を担っている。






