英フィナンシャル・タイムズの報道によれば、10月17日に米大統領官邸で行われたトランプ米大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の会談は、一時、極めて険悪なムードに包まれたという。
トランプ氏はゼレンスキー氏に対し、ウクライナ東部ドンバス地方全域をロシアに割譲するよう迫ったが、これはウクライナ側にとって受け入れることのできない要求である。報道によれば、トランプ氏はゼレンスキー氏を厳しく非難し、ロシアのプーチン大統領がもし望めば「あなたたちを滅ぼすだろう」とも述べたとされている。
今年2月末、両首脳は報道陣の前で会談が決裂し、ゼレンスキー氏が公の場で屈辱を受けた場面があったが、今回もまた同様の事態が繰り返されたのかもしれない。
戦争の長期化と終わりの見えない状況
ウクライナ戦争の先行きはますます不透明性を増している。
本格的な戦争は2022年2月のロシアによる全面侵攻から始まったが、その起源をたどるには2014年のクリミア侵攻に遡るべきという見方もある。この地政学的な紛争は10年以上にわたって続いている。
国際法の原則に照らせば、他国への侵入・侵略は明確に許されないはずである。それにもかかわらず、なぜこの戦争は今もなお終わりを見ないのか。
その理由は一つではなく、複数の構造的な要因が絡み合っている。以下、その要因をあらためて整理してみたい。
ロシアの地政学的な野心
ロシアにとって、ウクライナはかつてのソビエト圏の影響下に置きたい重要な地域である。
プーチン政権はウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に加盟することを強く警戒しており、その加盟を阻止することを重要な戦略目標としている。同時に、クリミア半島や東部の一部といったウクライナの領土の支配を維持・拡大することを目指している。
こうした地政学的な野心と現状維持への固執が、ロシアの攻撃継続を促す動因となっている。
国際法上は「違法」だが実効性に欠ける
法的根拠の明確性
2022年2月のロシアによる全面侵攻は、国連憲章第2条第4項が明確に禁止する「武力の行使」に該当する。国連憲章は加盟国による「領土保全を侵害する武力の行使」を禁止しており、ロシアの行動はこれに直接違反している。
「すべての加盟国は、国際関係において、いかなる国の領土保全または政治的独立に対する武力による威嚇または行使をしてはならない。」
国際法上、ロシアの侵攻が「違法」であることは疑いの余地がない。しかし、違法性を認定することと、それを強制することは全く別の問題だ。
国連の構造的な限界
国連の安全保障理事会は、米国、中国、ロシア、英国、フランスの5つの常任理事国に拒否権を付与している。ロシアが常任理事国であるため、ロシアに対する制裁や軍事介入を決議することは実質的に不可能である。国連は構造的にロシアを取り締まることができない仕組みになっている。
2022年3月、国連総会はロシアの侵攻を非難する決議を採択した。投票結果は141カ国が賛成、5カ国(ロシア、ベラルーシなど)が反対、35カ国が棄権したが、総会決議には拘束力がない。安全保障理事会ではロシアが拒否権を使用したため、実質的な制裁や軍事介入の決議は不可能だった。
国際司法機関の限定的な権力
国際司法裁判所(ICJ)は2022年、ウクライナが提起した訴訟を受け、ロシアに対して侵攻を即座に停止することを求める仮処置命令を出した。これはロシアの侵攻が国際法違反であることを国際司法の場で認めたことを意味する。しかし、ICJには強制執行権がない。ロシアが命令に従わなくても、直接罰則を科す仕組みは存在しない。
さらに、戦争犯罪・人道に対する罪・侵略犯罪を裁く国際刑事裁判所(ICC)は、ロシアによる戦争犯罪の疑いについて捜査を進め、プーチン大統領個人に対する逮捕状を発行している。罪状はウクライナ占領地からの子どもたちの強制移送に関わるもので、現職の国連常任理事国首脳に対するICC逮捕状は史上初である。しかし、ロシアはICC非加盟国であるため、逮捕を実現するには第三国によるロシア指導者の拘束が必要になる。現実的には、そうした事態が起こる見通しは立っていない。
違法性と実効性のギャップ
国際法は違法性を認定できるが、強制執行のメカニズムが限定的である。つまり、ロシアの侵攻が違法であることは明確だが、それを強制する国際的な権力が十分ではない。
ロシアが国連の常任理事国であり、核兵器保有国であるという現実が、その違法行為に対する実効的な対抗措置を非常に難しくしている。
欧州がロシアを直接攻撃しない理由
核戦争への恐怖
欧州諸国や米国を含むNATO諸国がロシアを直接攻撃しない主な理由として、核兵器保有国との直接的な軍事衝突を避けたいという判断があるといわれている。ロシアとの直接の対決は核戦争に発展する可能性があり、もしそうなれば影響は甚大だ。
NATO条約の限界
NATOは「加盟国が攻撃された場合にのみ」集団防衛義務を発動する構造になっている。ウクライナはNATO加盟国ではないため、NATO加盟国には法的な防衛義務が生じない。このため、欧米は武器供与やロシアへの経済制裁という間接的な支援に留まらざるを得ない。
欧州内の不統一
一部の国では、「ロシアを刺激しすぎない」ことが国内政治上の安定につながると判断する指導者も存在する。また、欧州内には「早期停戦(=ウクライナの一部譲歩)」を望む声もあり、対ロシア政策における結束は完全ではない。
エネルギー依存という実利的制約
開戦当初、欧州(特にドイツやイタリア)はロシアの天然ガスに強く依存していた。EU諸国全体で、天然ガスの約30~40%をロシアから輸入していた。特にドイツは「ノルドストリーム」計画を進めており、経済的な理由から強硬な対ロシア制裁に消極的だった。経済制裁を強化すれば自国経済も深刻な打撃を受ける可能性があったため、初期段階では慎重な対応に傾かざるを得なかった。
2014年のクリミア侵攻時はどうだったのか

(BBCニュースのウェブサイトより、キャプチャー)
クリミア侵攻——国際法違反を見逃した前例
歴史的背景と侵攻の経緯
ウクライナ南部のクリミアは、1991年のソビエト連邦崩壊後、一貫してウクライナ領土であった。国連加盟国もこれを承認してきた。
2014年2月、ウクライナで親ロシア派のヤヌコビッチ政権が崩壊すると、ロシアはロシア系住民らの保護を名目にクリミア半島への軍事介入を開始。ロシアは半島全域に軍を展開し、3月中旬に行われた住民投票を経て、半島の「ロシア編入」を宣言した。
国際法違反の明確性
クリミア併合は以下の国際法に明らかに違反している。
- ウィーン条約(領土保全):既存国家の領土保全を侵害する行為は違法
- 国連憲章第2条第4項:加盟国は武力による領土侵害を禁止
- ヘルシンキ最終議定書:国境の不可侵性の原則
他国領土に軍を派遣して占拠することは、国際法上の侵略行為そのものである。
国連の判断と限界
2014年3月27日、国連総会決議68/262は「ウクライナの領土的一体性」を問い、クリミアの「住民投票」は無効であり、ロシアによる併合は認められないことを宣言した。投票結果は賛成100カ国、反対11カ国、棄権58カ国であり、国際社会の圧倒的多数が「違法」と認めた。
しかし、この決議もまた実効性が限定的だった。国連総会決議には拘束力がない(勧告的性質)ため、そしてロシアが常任理事国であることから、安全保障理事会では拒否権が使用され、実質的な制裁決議は不可能だった。さらに、既にロシアがクリミアを支配下に置いており、国際社会も現実として対応せざるを得ない状況に直面していた。
欧州の限定的な対応
当時、欧州がロシアに強く介入しなかった理由は複合的である。
第一に、ロシアの行動は迅速だった。軍事行動開始から「住民投票」「編入」まで、わずか約3週間で進行した。欧州諸国が対応を協議する間に、ロシアは既に「事実上の支配」を完成させてしまった。
第二に、ロシアは核兵器保有国であり、NATOはあくまで「加盟国防衛(第5条)」のための組織であった。ウクライナはNATO加盟国ではなかったため、直接軍事介入すればロシアとの直接衝突、すなわち第三次世界大戦のリスクに直面することになる。このため、軍事介入を避け、経済制裁にとどめざるを得なかった。
当時の欧州の対応は、G8からロシアを除名してG7にすること、資産凍結やビザ制限といった経済制裁の導入、ウクライナへの経済支援、そしてNATO軍の東欧展開(バルト三国・ポーランド強化)などに限定された。
当時ロシアは「西側は実際には軍事的に動けない」と判断したといわれている。
この判断が、その後の一層の膨張主義的行動を促したのではないかという指摘がある。
2022年の全面侵攻と国際法違反の反復
2022年の全面侵攻後、ロシアは東部のドネツク州やルハンスク州、そして南部のザポリージャ州までも「併合」宣言している。クリミア併合と同じく、これらも国際法違反と認定されている。
クリミア併合も2022年の侵攻も、いずれも国際法違反であることに変わりはない。しかし、ここで浮かび上がる根本的な問題がある。それは国際法の「宣言的効力」(違法性を認定する力)と「実効的効力」(それを強制する力)の間に、極めて大きなギャップが存在するという現実である。
ロシアが核兵器保有国であり、国連常任理事国である限り、その違法行為を実力で阻止することは非常に難しい。
「ウクライナ」だったから、見逃してきたのか
以上の分析から浮かび上がる疑問がある。国際社会は、無意識のうちに「戦っている相手がウクライナだから」という理由で十分に介入できていなかったのではないか、という問いだ。
西欧諸国の間には長年にわたり、旧ソ連圏はロシアの勢力圏であるという暗黙の了解が存在した。そのため、ウクライナの主権侵害は相対的に軽視され、本来なら最大級の警戒と対抗を要する事態でありながら、限定的な対応にとどまってしまったといえないだろうか。
一方、アジア・アフリカなどのグローバルサウス諸国からすれば、この事態は「欧州内の地域紛争」として扱われる傾向があり、国際的な連帯と対応が分裂している。
こうした地政学的軽視と国際社会の分裂が、2014年のクリミア併合時の不十分な対応や、現在も続くウクライナ戦争の要因の一つになっているのではないか。
筆者が暮らす英国や他の欧州諸国の指導者の言動を観察すると、「結局は他国の問題だ」「自国の兵士は派遣できない」「最も強力な武器は渡せない」といったメッセージが伝わってくる。ロシアが持つ核兵器の脅威、国際法や国連構造の限界、NATOの集団自衛の規則などだけでは説明がつかない部分があるのではないかと思うこの頃だ。

2025年9月 会談するトランプ大統領とゼレンスキー大統領 ホワイトハウスXより
■
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2025年11月2日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。







