10月26日、ロシアは核動力を搭載した巡航ミサイル「ブレヴェスニク」の試験に成功したと発表した。プーチン政権は「どんな防衛システムも突破できる」と主張し、核搭載も可能な新型兵器として強調している。
その威力、そしてウクライナ戦争をめぐってロシアと西側諸国の対立が続く今、その意味合いは何なのか。
ミサイルの概要とBBCのラジオ番組「ワールド・トゥナイト」(10月27日放送・配信)での分析を紹介する。
「無敵」のミサイル?
新ミサイル「ブレヴェスニク」(英語ではStormPetrel=アシナガウミツバメ、NATOでは「スカイフォール(Skyfall)」)は、ほぼ無限の航続距離と予測不能な飛行経路を持つとされる。
ロシア当局によれば、10月21日の試験で1万4000キロメートル(約8700マイル)を約15時間にわたって飛行したという。
ブレヴェスニクは小型原子炉を推進力の源とし、従来の燃料ではなく核エネルギーで飛行する。これにより航続距離は理論上「無制限」に近く、飛行経路も予測が難しい。核弾頭の搭載が可能で、核抑止および報復攻撃を目的とし、米国と北大西洋条約機構(NATO)のミサイル防衛網を無効化することを狙う。
一方で、原子炉を搭載するため、放射能漏れや墜落時の汚染リスクが極めて高いと懸念されている。
プーチン大統領は、ブレヴェスニクの開発は「ロシアはウクライナ戦争をめぐる西側の圧力に屈しない」というメッセージでもあると述べた。
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以下は、ラジオ番組「ワールド・トゥナイト」での専門家による分析である。
司会者:「不適切である」。トランプ米大統領は、プーチン大統領が発表した「新型核動力巡航ミサイルの成功試験」について、このように述べた。このミサイルは15時間の飛行で8500マイル以上を飛行可能とされる。
プーチン大統領はこのように述べた。「これは世界に類を見ない、まったく独自のものだ。我々がこのような兵器を開発中であると初めて発表したとき、非常に優秀な専門家たちでさえ『それは立派な目標だが、近い将来には実現不可能である』と言っていたことをよく覚えている」。
一方、トランプ大統領は米大統領専用機内でのインタビューの中で、動揺した様子を見せなかった。「我々には世界最高の原子力潜水艦が、やつらの海岸のすぐそばにいる。だから8000マイルも飛ばす必要はない。我々は遊んでいるわけではないし、彼らも遊んでいるわけではない。我々は常にミサイルの試験飛行を実施している」。
司会者:事態はどれほど深刻なのか。オバマ米政権で国家安全保障担当特別補佐官を務めたジョン・ウルフストール氏(米国家安全保障会議=NSC=の元上級部長)に聞いてみた。
ウルフストール氏:米国とロシアが何十年も保有してきた通常の巡航ミサイルとは異なり、この新システムはガスや電動モーターではなく、推進用原子炉を搭載している。
核弾頭を運ぶだけでなく、小型原子炉で動くため、理論上は数日間連続で飛行可能になる。ロシアは航続距離を約8000キロ、飛行時間15時間以上と主張しているが、実際の性能はまだ完全には把握されていない。
目的は「西側の防衛網回避」
司会者:ロシアがこのような兵器を開発する理由は何か。
ウルフストール氏:過去15年にわたり、ロシアは「新型核兵器システム」と呼ばれる多様な兵器群に巨額の投資を行ってきた。飛行中に軌道を変化させる長距離ミサイル、超高速で進む長距離水中魚雷などに加え、核動力巡航ミサイルも開発している。これらは米国や欧州のミサイル防衛網を回避し、予測不能な経路から目標を攻撃することを目的としている。要するに、ロシアが望めば確実に敵を攻撃できるようにするための防衛突破型兵器だ。
このような兵器の開発はロシアのみ
司会者:プーチン大統領は「このシステムを持つのは我々だけだ」と述べたが、それは事実か。
ウルフストール氏:その通りだ。このような兵器を開発した国は他に存在しない。なぜなら、非常に危険で汚染の恐れがあるやり方だからだ。飛行する原子炉を搭載するというのは極めて異例の発想だ。ロシアは宇宙用および小型発電用の原子炉開発に豊富な経験を有しているが、核動力巡航ミサイルを実際に製造しようとしたのは初めてだ
プーチン政権が2018年に発表した「次世代核兵器パッケージ」には以下の兵器が含まれる。
アヴァンガルド(Avangard):極超音速滑空弾頭。音速の20倍で飛行し、軌道を変化できる。
ポセイドン(Poseidon):原子力推進の無人潜水核魚雷。都市や港湾を海中から攻撃可能。
キンジャール(Kinzhal):空中発射の極超音速ミサイル。
サルマト(Sarmat):新型ICBM。旧ソ連製「SS-18」の後継機。
ブレヴェスニク(Burevestnik):核動力巡航ミサイル。
いずれも、米国の防衛能力を圧倒する「突破兵器(penetrationweapons)」として設計されている。
条約の外にある兵器
司会者:この兵器は現在の国際条約に照らしてどのように位置づけられるのか。
ウルフストール氏:米国とロシアは1987年に締結された「中距離核戦力(INF)条約」の当事国だった。ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンはいまだにその条約の締約国であるが、米ロ両国はすでに脱退している。
1987年に米ソが署名した核軍縮条約で、射程500~5500キロの地上発射型弾道・巡航ミサイルを全廃することを定めた。この条約は冷戦終結の象徴とされ、両国は合計2600発以上のミサイルを廃棄した。しかし、ロシアが条約違反となる新型巡航ミサイル(SSC-8)を開発したとして、2019年にトランプ政権が脱退を通告。条約は事実上崩壊した。
このミサイルはおそらく同条約の制限対象に該当するが、現行のどの軍縮条約、たとえば2026年2月に期限を迎える「新START条約」にも含まれていない。
米ロ間の戦略核兵器を制限する現行の唯一の主要軍縮条約である。それぞれの国が保有できる運搬手段(大陸間弾道ミサイル、戦略爆撃機、潜水艦発射弾道ミサイル)および核弾頭の数を上限で規定している。ブレヴェスニクのような「非伝統的核兵器」は条約の定義に含まれていない。
この条約は2026年2月に期限切れを迎える予定で、延長や後継枠組みの交渉は停滞している。したがって現在、米ロ双方は透明性・検証・制限のない状態で核戦力を拡張しつつある。
冷戦時代の思考の再現か
司会者:歴史的文脈では、これは米ロ間の「相互確証破壊(MAD)」という冷戦時代の考え方の再現といえるだろうか。
冷戦期に成立した核抑止理論である。米ソ両国が核攻撃を受けても、確実に報復攻撃を行い、相手を壊滅させる能力を保有することで、結果的にどちらも先に攻撃できなくなるという「恐怖の均衡」である。しかし、ミサイル防衛網や新兵器が登場すればこの均衡が崩れ、「核戦争の可能性が再び高まる」ことになる。ブレヴェスニクは、まさにこの均衡を一方的に取り戻すための兵器と位置づけられている。
ウルフストール氏:ロシアからすると、その通りだ。米国はかつて弾道弾迎撃・国家防衛ミサイルを制限する条約から脱退し、いまや非常に高価で効果が疑わしい防衛計画を推進している。ロシアは、自国が米国の攻撃を受けないよう、米国を脆弱な立場に保つことを目的としている。
すなわち、相手の行動を脅威とみなし、それに対して軍拡で応じるという「冷戦型思考」への回帰である。これこそがかつて米ソが7万発もの核兵器を保有するに至った論理だった。現在は約1万発に減少しているが、再びその階段を上り始めているように見える。
「ゴールデンドーム」で防げるのか?
司会者:トランプ大統領が提唱する「ゴールデンドーム」防衛構想は、このミサイルを阻止できるのか。
トランプ大統領が描く新型ミサイル防衛システムの通称である。イスラエルの「アイアンドーム(IronDome)」に着想を得ているとされ、米国本土を「黄金のドーム」のように守るという比喩から名づけられた。しかし専門家の多くは、この構想は現実的ではなく、極超音速兵器や巡航ミサイルには対応できないと指摘している。
ウルフストール氏:理論上は可能だが、現実には不可能だ。紙の上ではミサイル防衛は極めて効果的に見えるが、実際には技術的に未完成であり、きわめて高コストである。攻撃手段の方が防御よりもはるかに安価だ。
米国は現時点でもロシアの既存の弾道ミサイルすら完全に防げず、新たな巡航ミサイル群に対しても防衛手段を持たない。ロシアは、米国が10年後、20年後に持ち得る将来の防衛網までをも見越して、今からそれを打ち破る兵器を開発している。
こうした状況は極めて危険であり、米ロ中いずれの国も自国の核兵器を「政治的・軍事的に使用可能な手段」とみなしつつある。
私たちは、誰も望まず、誰もその行き着く先を理解していない「新冷戦型核軍拡競争」の段階に急速に入ろうとしている。
人類最大の脅威の一つとは
司会者:最後に一つ聞きたい。あなたはホワイトハウスにいた経験者として、この新たな軍拡競争の再来を目の当たりにして、夜眠れなくなることはあるか。
ウルフストール氏:ある。私は1980年代から核兵器問題に携わってきたが、当時も夜眠れないことがあった。現在も同様だ。ただし、恐怖に麻痺するのではなく、行動すべきだという警鐘として受け止めるべきである。
重要なのは、私たちは軍拡競争を終わらせる方法を知っているということだ。軍縮条約を交渉し、検証し、履行させる手段を持っている。しかし、それを実行する意思と努力を持たなければならない。残念ながら、現在の米国、ロシア、中国はいずれもこの課題に真剣に取り組んでいない。私はこれが人類が直面する最大の脅威の一つと考えている。

アラスカの米ロ首脳会談、クレムリン公式サイトから 2025年8月15日
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編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2025年11月3日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。







