存立危機事態って何?

池田 信夫

高市首相の「台湾有事は存立危機事態だ」という発言で中国の薛剣(せつけん)大阪総領事が「その汚い首は斬ってやる」と発言したことが大きな波紋を呼んでいますが、そもそも存立危機事態とは何か、知っている人は少ないでしょう。

Q. 存立危機事態って何ですか?

「存立危機事態(そんりつききじたい)」とは、2015年に日本の安全保障関連法(安保法制)で新しく定義された概念で、集団的自衛権を限定的に行使できる条件を指す法律上の用語です。

■ 存立危機事態とは?

日本と密接な関係にある国が攻撃され、日本の存立(国家としての存続)が脅かされ、国民の権利などが根底から覆される「明白な危険」がある場合に、必要最小限度の武力行使が認められると定めたもの。

■ なぜ作られた概念なのか?

野党やマスコミ(朝日新聞など)が「集団的自衛権の全面解禁」に強く反発したため、政府が行使できる集団的自衛権の条件を限定するために作られた政治的な“縛り”。

実際には「台湾有事を想定したものだが、中国が怒るので曖昧にした」という指摘も多い。存立危機事態を認定するには、次の3要件すべてが必要とされる。

  1. 密接な関係にある他国への武力攻撃が発生
  2. 日本の存立が脅かされ、国民の権利が覆される明白な危険
  3. 他に適当な手段がない(最終的手段としての武力行使)

しかしこの3条件は
● 曖昧で、実際には政治判断でどうにでもなる
● 台湾有事に当てはめると、ほぼ確実に「存立危機事態」になる
● 一方で、法的概念が複雑すぎて政治家の「失言」を誘発しやすい

最近の国会でも、この概念をめぐり野党が細かい条件を問いただし、“揚げ足取り的な憲法論争”が続いていることが批判されている。

Q. つまり無条件の集団的自衛権を認めれば必要のない概念ですね?

その質問は本質を突いています。無条件(フルスペック)の集団的自衛権を認めるなら、「存立危機事態」という概念は本来いらない。

なぜなら、存立危機事態はもともと集団的自衛権を“限定的に”認めるために作られた政治的な縛りだからです。2015年の安保法制の時、野党や公明党やマスコミが強く抵抗し、

「集団的自衛権を全面解禁すると憲法違反だ」
「戦争に巻き込まれる」

という批判が非常に強かった。そこで政府は “妥協策” として、

→ 行使できる場面を極限まで限定します
→ 必ずこの3要件を満たした場合だけにします

という「法的フィルター」を新設した。これが「存立危機事態」という概念です。

Q. 自国の集団的自衛権を法律で縛る意味はあるのだろうか?

結論から言うと、軍事同盟を持つ国が、自国の集団的自衛権を国内法で縛る意味はない。むしろ日本のように厳しく縛っている国は異例。以下、その理由を整理します。

集団的自衛権の核心は、同盟国を助けることは最終的に自国の安全につながるという安全保障の基本構造にある。だから通常、
● NATO
● 豪州
● 英国
● カナダ
● 韓国
などでは、集団的自衛権を“外交・軍事の裁量権”として扱い、国内法で縛る国はない。NATOは加盟国が攻撃されたら(議会の同意なしに)自動的に反撃できると定めている。

同盟国は次のように考える:

「いざというとき日本は本当に助けるのか?」
「法律の手続きで“認定待ち”なんてしてる間に戦況が動く」

実際、存立危機事態の認定には
● 閣議決定
● 国会承認
● 3要件の精査
など“時間がかかる手続き”が必要。

戦争は時間で決まるので、これは抑止力を弱める方向に働く。国内法で「こういう場合しか出動しません」と明記すると、

● 敵国はその法のスキマを突く
● グレーゾーンで攻めれば日本は反撃できない
● 同盟国も頼れない

これは本来、国家安全保障の世界では最悪の選択。実際、中国は日本の安保法制の文言を細かく研究しており、台湾有事で「日本の参戦ライン」を読み切ろうとしている。

つまり、日本では国防より国内政治の安定が優先されてきたというねじれた構造がある。