
福井に来ました。翌日の月曜日に金沢で仕事があるので日曜日に前乗り。福井で途中下車して観光にいそしみます。福井といえば恐竜。駅は表も裏も恐竜に囲まれていて何とも異様な光景の駅です。ただ今回は恐竜とは無縁の町に行こうと思い、福井駅からバスに乗ります。

約50分バスに乗りやってきたのは坂井市丸岡地区。2006年までは丸岡町という独立した町でした。丸岡城を擁する城下町として発展、観光地でもありながら福井市のベッドタウンとしても成長している町です。
丸岡城は戦国時代、柴田勝家の甥、勝豊が築城したとされています。廃城令のあったあとも天守は残されていましたが、戦後間もない1948年に福井地震で倒壊してしまいます。修復は絶望的と言われていましたが、全国からの寄付もあり7割以上の部材を再利用して1955年に修復完了をしており奇跡の修復城と呼ばれています。
江戸時代に建設され天守閣が今に残る城は犬山城や松本城などをはじめ12しかなく、丸岡城はそのひとつです。

階段を登り天守閣に入ります。登る人が多くて写真には撮っていませんが、天守の2、3階に登る階段は67度を超える超急勾配で、少し気を緩めたら階下に落ちてしまいます。城内は木造の簡素な造りで、天守閣が白のシンボル的存在でありながらも主に防衛の拠点としての機能を担い、必要最小限の設備しか有していないということが見て取れます。


防衛の拠点ということもあって眺望は見事です。丸岡の城下町の街並みや向こうの山々をよく見渡すことができます。

丸岡城の特徴はこの石瓦。瓦のうち2割は福井市内、足羽山の麓で取れる笏谷石(しゃくだにいし)で葺かれています。焼き瓦ではなく石瓦を使う城は全国的にも珍しく、現存12天守の中ではここだけです。

冬期に雨や雪の多い北陸地方。水はけをよくするために城の下部に板が敷かれていて水はけをよくする工夫が施されていました。雪深い北陸で建物が劣化しないようにする知恵がよく表れています。

丸岡城を降りて、すぐ近くにある「日本一短い手紙の館」を訪ねます。旧丸岡町時代から、坂井市では毎年テーマを決めて全国から40字までの短い手紙の投稿を募り、優秀作品を表彰しています。由来は丸岡城主となった本多成重の幼少時代に、叔父の重次から妻あてに「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」と手紙が送られたことでした。
今年のテーマは「失敗・成功」。両者にちなむ短い手紙を募集し(現在は募集は締め切られています)、多数の応募がありました。

今年のテーマは「失敗・成功」。

今年の優秀作品の発表はまだですが、25年に亘る過去のテーマの優秀作品がずらりと並べられていました。

テーマは「先生」。秀逸なさく作品ばかりでセンスのよさを感じます。


海に面するかまぼこの町、愛媛県西予市とタイアップで、丸岡町の募集した短い手紙の挿絵をかまぼこの板で描いた作品も多く展示されていました。40字の中にありったけの表現をつめこむ手紙の筆者の文章能力の高さもさることながら、それを絵で表現するかまぼこアートのリアルさ、緻密さにも驚かされます。

手紙の館の屋上からも丸岡城の雄姿を眺めることができました。この辺りは武家屋敷が集まっていたエリア。かつて武士たちはここで城を見ながら短い手紙をしたためていたのでしょうか。

土産物店やカフェのある「まちよりマーケット」の屋根に乗る丸岡城。
戦国の世から450年にわたり城に見守られてきた丸岡の町。地震で城が崩壊したときも東奔西走して資金を集め城を立て直したその情熱には頭が下がるばかりです。
福井県北部は三国湊や東尋坊、永平寺に芦原温泉など観光名所の多いエリア。こちらに来られた際はぜひ丸岡の町も訪ねてみてもらいたいと思いました。
編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2025年11月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。






