核抑止力の重要性を証明したロシアのウクライナ侵略

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米国トランプ政権による和平交渉

ウクライナ戦争は、まもなく5年目に入る。米国トランプ政権はロシアおよびウクライナに対し、和平交渉に乗り出しているが、ロシア側が提示する和平条件は極めて厳しい。

占領地の確保はもちろん、ウクライナの非軍事化(非ナチ化)、NATOへの非加盟など、対ウクライナ戦争において全面的勝利を収めたかのような条件を突きつけている。これは、戦況がロシア側に極めて有利であることを背景としている。したがって、和平交渉の行方は、今後も予断を許さない情勢にあると言えよう。

ロシアによるウクライナ侵攻

ロシアのプーチン大統領は、2022年2月21日、旧ソ連領であったウクライナ東部の一部を実効支配する親ロシア派武装勢力「ドネツク人民共和国」および「ルガンスク人民共和国」の独立を、一方的に国家承認する大統領令に署名した。

さらにプーチン氏は、両「共和国」からの要請という形式を取り、ロシア軍を「平和維持部隊」の名目で親ロシア派支配地域に派遣するよう国防相に命じた。そして同年2月24日、ロシア軍はついにウクライナへの軍事攻撃を開始した。

今回のロシアによる独立承認およびウクライナ侵攻は、まさに「力による現状変更」にほかならない。これはウクライナの主権と領土の保全を侵害する独立国家に対する侵略行為であり、国連安全保障理事会常任理事国としてあるまじき、国連憲章第2条(行動原則)を無視した国際法違反と言えよう。

プーチン大統領の真の意図

今回のプーチン大統領による独立承認とウクライナ侵攻には、安全保障上、ロシアと国境を接するウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟を阻止する意図があるとの見方もある。

しかし筆者は、それ以上に、旧ソ連崩壊を屈辱と捉えるプーチン大統領の真の意図は、旧ソ連領であったウクライナやグルジア、バルト3国などを含む領土を取り戻し、旧ソ連の版図を回復することで「偉大なロシア」を再興する野望にあると考える。2008年の「グルジア侵攻」や2014年の「クリミア併合」も、その一環と位置づけられよう。

そうだとすれば、今回の侵攻は、首都キエフを含むウクライナ全土のロシア編入だけで終わる問題ではない。これが成功すれば、バルト3国などへの侵攻も十分にあり得ると言えよう。

米国の対ロ抑止力の低下

今回のロシアによるウクライナ侵攻の背景には、「台湾有事」の抑止など、中国に対して軍事力を集中せざるを得なかった旧バイデン政権下の米国における、対ロ抑止力の低下があったと筆者は考える。ロシアや中国が相次いで開発・配備した、迎撃が困難な極超音速弾道ミサイルの存在も影響したであろう。

このため、旧バイデン政権はロシアに対して軍事介入という選択肢を取ることができず、「経済制裁」のみを発動せざるを得なかった。しかし、経済制裁は2014年の「クリミア併合」の時点でロシア側も織り込み済みであり、近年の原油高も相まって、その影響は限定的であったと言えよう。

もちろん、米国は対中・対ロの二正面作戦を回避するため、NATO非加盟国であるウクライナへの直接的な軍事介入はできない。しかし、ロシアによる「クリミア併合」後、米国のウクライナに対する兵器などの支援は8年間で総額25億ドルにとどまっており、今回の侵攻を防ぐ対ロ抑止力としては十分ではなかったと評価せざるを得ない。

ウクライナの「永世中立化」と「核持ち込み」

今後、ウクライナがロシアによる再度の侵略から主権・領土・国民を守るために、筆者は二つの選択肢があり得ると考えている。

第一の選択肢は、永世中立国スイスのような「ウクライナの永世中立化」である。これは国境を接するロシアにとっても、安全保障上、有益な選択肢となり得る。国連が関与し、米英露独仏中を含む関係諸国がウクライナの永世中立を保障・承認する「永世中立条約」あるいは「永世中立協定」を締結するのである。中国も1999年にウクライナから空母「遼寧」を約2,000万ドル(約24億円)で購入しており、貿易や「一帯一路」を含め、関係国の一つである。

第二の選択肢は、第一の選択肢が困難な場合、米国によるウクライナへの「核持ち込み」である。これにより一定の「核抑止力」を獲得したウクライナに対しては、核大国ロシアといえども、再度の侵略は著しく困難となるであろう。なぜなら、ロシアの首都モスクワとウクライナの首都キエフの直線距離は約758キロであり、モスクワは中距離核弾道ミサイル攻撃の完全な射程圏内に入るからである。

核を放棄したウクライナの悲劇

今回、ウクライナがロシアから軍事侵攻を受けた最大の要因は、ウクライナの「核放棄」にある。1991年、ソ連崩壊によりウクライナが独立した当時、同国は1,240発の核弾頭と176基の大陸間弾道ミサイルを保有し、世界第3位の核保有国であった。

しかしウクライナは、核不拡散と核独占を狙う米国・ロシアから核放棄を強要され、1994年、ウクライナの独立・主権・安全を保障する「ブダペスト覚書」と引き換えに、すべての核兵器を放棄し、ロシアに引き渡した。その結果、ウクライナは隣国の核大国ロシアに対する一切の「核抑止力」を失い、2014年の「クリミア併合」、さらには今回の「ブダペスト覚書」を反故にする軍事侵攻を受けるに至った。

もしウクライナが核を放棄していなければ、「クリミア併合」も今回の軍事侵攻も起きなかった可能性が高い。ウクライナによる対ロ核抑止力が機能し、首都モスクワが核攻撃の対象となり得る以上、プーチン大統領といえども侵攻には躊躇せざるを得なかったであろう。ウクライナに核放棄を求めた当時の米国クリントン元大統領も、核放棄がロシアの侵攻を招いたことを認めている(キエフ共同、2023年4月6日)。

その意味で、今回の事態は、核を放棄したウクライナの大失敗であり、悲劇である。日本もまた、他国の出来事として済ませるのではなく、この厳粛な事実と教訓を肝に銘じるべきである。「核抑止力」を含め、米国に依存し切ることなく、「自国の安全は最終的には自国で守る」という覚悟の下、自国の存立が脅かされる場合には「核保有」を排除すべきではない。

「唯一の戦争被爆国」であることは、決して核攻撃を受けない免罪符ではない。核拡散防止条約(NPT)第10条も、自国の至高の利益が危機にさらされた場合には、条約脱退の権利を認めている。

国際社会において、外交力だけで国を守ることはできない。外交を担保する強力な経済力と軍事力が「抑止力」として不可欠であることを、今回のロシアによるウクライナ侵攻は明確に示している。2025年12月18日の日本政府高官による「核保有発言」も、こうした危機意識に基づくものと言えよう。