
戦後80年だった2025年の夏、佐伯啓思先生を囲む機会があった。保守思想家の重鎮で、加藤典洋さんの『戦後的思考』(連載1998~99年)に、その頃ふたりが行った論争の痕跡が見える。
2022年に伺った際には、論争した時は会っても「評価できない人だなぁ」という印象だったそうだが(以下の本に再録)、その佐伯さんが拙著を読んで「あの後、こんなに加藤さんが変わっていたとは知らなかった。最後うるっと来た」と仰ってくれたのは、嬉しかった。

実は、いわゆる “右か左か” でいうとまったく正反対の側から、ぴったり同じ感想を寄せてくれたのが年間読書人さんだ。なにせ『江藤淳と加藤典洋』のレビューに、
私の場合は、加藤と高橋哲哉の「歴史主体」論争の時代から、一貫して高橋哲哉を支持してきた。
(中 略)
まず自分を慰め納得させてからでなければ、謝罪すらできないというような「甘ったれた」考えなど、論外であった。
強調を変更
と記すくらいの人だが、その読後感を、
そんなわけで、私は加藤典洋が大嫌いだったのだが、一一なんと加藤は、後にこうした立場を捨てていたということが、本書で語られていて、とても驚いた。そんなこと、私はぜんぜん知らなかったのだ。
(中 略)
与那覇は本書で、私が「弱い」と批判した江藤淳を、そのまま肯定したのではなく、「なぜ江藤淳が弱かったのか」という事情を説明して、それに共感したのだ。
「江藤淳は、他の要領の良い連中とは違い、不器用にも重荷を背負い込んでしまったから、その重荷に潰されてしまったのだ」と擁護したのである。また、私が、やはり「弱い」と感じて「自分のことなんか、後回しにしろ」と苛立った加藤典洋についても、その頃の若き加藤典洋を肯定したのではなく、加藤がそうした立場を捨てて「成熟」していったことに対して、敬意を示したのが、本書だったのである。
年間読書人氏note、2025.7.29
と、温かくまとめてくれている。

その他、『江藤淳と加藤典洋』で描いたふたりに導かれて、実に多くの人と共演したり、書評をいただく形で、2025年にはご一緒することができた。御礼を兼ねて、まとめておきたい。
『江藤淳と加藤典洋』につき対談
掲載順に、
上野千鶴子さん(社会学者):『文學界』7月号

原武史さん(政治思想史):『潮』9月号

上田岳弘さん(作家): imidas 10/17

『江藤淳と加藤典洋』につき番組
多くは記事内で見れます。日付は動画の公開日。
池田信夫さん(経済学者): 5/22

島田雅彦さん(作家)と白井聡さん(政治学者): 6/4

浜崎洋介さん(文芸批評家): 6/17・18


畑中章宏さん(民俗学者): 7/24


信田さよ子さん(臨床心理士): 9/24

ホルダンモリさん(モンゴル研究): 11/30

宇野常寛さん(評論家): 12/2

『江藤淳と加藤典洋』への書評
まずWebで全文が読め、noteで紹介したものは、
東畑開人さん(臨床心理士):『読売新聞』6/22

倉津拓也さん(書店員): 『京都新聞』6/22

片山杜秀さん(思想史・音楽評論):『文藝春秋』8月号

苅部直さん(政治思想史):『AERA』8/11・18号
で、その他、自分が把握できているだけでも、
上野千鶴子さん : 『熊本日日新聞』5/18
粕谷文昭さん(法学): 『表現者クライテリオン』7月号
川村湊さん(文芸評論): 『東京新聞』7/13
会田弘継さん(アメリカ研究): 『週刊東洋経済』7/26号
成田龍一さん(日本近現代史): 『UP』8月号
松田樹さん(日本近現代文学): 『週刊読書人』8/22号
酒井信さん(文芸評論): 『西日本新聞』8/30
大場一央さん(東洋思想史): 『正論』9月号
の、みなさんによる書評が載った。ほか、著者名の入らない短評などは数え切れない。
ハンドルネームしかわからなくても、ネットで見かけた嬉しい感想では、
ボタノリアさん(画家): 7/22

のように応答させてもらったし、なんと
佐々木大樹さん(フランス文学): 10/23

のように、他の旧著と対比しつつ、実質「與那覇潤論」を書いてくださる方までいた。ぼくは、最初の著書を出したのが2009年の末なので、そこから16年経っての、生涯初の体験である。
批評とは「歴史に架ける橋」
このnoteで初めて、刊行を告知した3/8の記事に、

大事なのは、ホンモノであること――過去とも、他者や対立者とも、必ずつながるという信念をもって、相手に接することができることだ。そうした「ホンモノが本物を論じる」作品として、コロナもウクライナも潜り抜けた7年越しで、『江藤淳と加藤典洋』は書かれている。
(中 略)
戦後80年を、分断と忘却ではなく、希望と歴史の年にしよう。
強調を追加
と書いたのだけど、それはおおむね、達成できたと言えると思う。

先に掲げた、公刊後に『江藤淳と加藤典洋』に言及してくれた人のリストを見てほしい。世代も専門も、政治的な立場もバラバラだ。ぶっちゃけ、会って話すことは一生ないんじゃないの? な組みあわせも、ゴロゴロある。
だけど拙著が “あいだに入る” ことで、会ったら殴りあいそうな評者どうしが、間接的にでもコミュニケートできた。そうして分断に橋を架ける営みを、「批評」と呼ぶのは、言うまでもない。

……というか、昔からぼくはどこでもそういうキャラで、あいだに入れば誰でも互いに話せると言われていた。
逆に言うと、ぼくが媒介しても話がなりたたないのは、振り切れすぎっていうか端的にヤバい人で、みんなも知ってる名前だとオープンレターズと東野篤子さん(国際政治学者)くらいである。


記憶に新しいが、口では「批評だ」と言いながら、分断を埋める仕事はなにもしないばかりか、”バズった” 俺らだけで人文主義の看板を独占しようぜな人たちが、焼かれる大火もあった。
それはすごく、いいことだ。分断を煽ったり、糊塗する人ではなく、橋を架ける人こそを尊重する時代を、明日から始めるための一歩だからだ。


ちなみに今回引用した、年間読書人氏の拙著評には、結構「ぎくり」と来る一節がある。
与那覇潤は「フェミニスト」たちの戦いなどでは、けっこう「強気(攻撃的)」な態度に見せているが、しかし、この人は、基本的には「繊細」な人であり、案外「自信のない人」なのではないかと、私には感じられた。
(中 略)
強がってはいるけれど、与那覇潤には、やはり「仲間(支持者・理解者)が欲しい」という「弱さ」があって、それが本書の、江藤淳や加藤典洋についての「擁護一辺倒」にも現れているのではないだろうか。
2025.7.29
そうかもしれない(笑)。なぜかというと、橋を架けることができるホンモノがいる。
ところがその前を「橋なんか別に要らねぇ」「あるならむしろ壊せ」「そして俺たちに渡し舟料を貢げ」と、嘯くニセモノたちが通る。彼らに騙され、嬉々として搾取される人びとを見たとき、ホンモノにはある感情が湧く。
もちろん、怒り(=強さ)もある。しかしそれ以上に湧き起こるのは、淋しさ(=弱さ)だ。
なので、2026年もニセモノへの “叩き” はしっかりと続けるが、それ以上に多くの方が「私たちは橋を必要としている」との意思をはっきり示して、応援してくれると、嬉しいのである。
ぼくがいちばん、世の中から姿を消していた時期に、よく聞いたカバーのひとつがこの曲だ(2013年9月の公開とある)。その頃の体験が、江藤淳と加藤典洋を読み解く際にも役立ったことは、評者の多くが指摘してくれた。

その最中にはまさか、10年経ってこんな本や、記事を書くなんて、想像だにしていなかった。
とにかく2025年に「戦後批評の正嫡」を継いでしまったので、26年からも橋を架ける――とりわけ歴史の系譜をつなぎなおす批評の作業は、続いていくと思う。読者のみなさんのご支援を得られるなら、心から幸いである。

(ヘッダーのジャケ写は、こちらから)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年12月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。






