黒坂岳央です。
企業といえば「ホワイトかブラックか」という話は昔のもの、最近では「ゆるブラック企業」「パープル企業」なる言葉も出てきた。「残業がなく、人間関係も良好。だが成長できない」という定義なのだという。
「プライベート優先で楽をしたい!」という意見があると思ったら、次は「成長の実感が欲しい!」という意見が出てきたわけだ。ゆるブラック、パープル企業を筆者の視点で考察する。

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「ホワイト化」の果てに生まれたパープル
昨今の「働き方改革」は、かつての過酷な労働環境をホワイト化し、労働者の権利を確立させてきた。その行き着いた先にあるのが「パープル企業」という新たなスタイルである。
残業もなく、人間関係も穏やか。しかし、そこには刺激もなければ、未来への確信もない。こうした環境で、今、労働者と企業の間には大きな認識のズレが生じている。
パープル企業で問題とされている「残業はしたくないが、働きがいやスキルも欲しい」という要望自体は理想ではある。だが、それを一般的な働き方として両立させるのは難しい現実がある。
スキルの習得は、どうしても「負荷」と「投下時間」が不可欠となる。負荷のないトレーニングで筋肉をつける事ができないように、仕事でも泥臭い試行錯誤や、限界を押し広げるようなハードワークの先にしか付加価値のあるスキルはないと言い切れる。
特に若い時期は「遊びたいが、スキルも欲しい」という難しい間にある。若い頃の感受性で楽しく遊びたいが、会社から若さというポテンシャルにベットしてもらえるのは20代までだ。この仕事もプライベートも「両立」はどうしても難しく、一時的には仕事への過集中時期は必要となる。
ハードワークするZ世代
「パープル企業」などのテーマが出ると、どうしても「Z世代のテイカー気質がやばい」「若者はやる気がない」といった一般化が広がるが、必ずしも若者全員がそうではないし、筆者は「仕事にやる気満々の若者」ばかりとあたる。
具体例を話そう。筆者が昨年から仕事でお世話になっている20代中盤のZ世代のビジネスパーソンは、すさまじく仕事ができる人だ。
不測の事態を想定して先回りし、連絡は即レス、難関資格を有しており、年末時期に「会社は休業中ですが、個人携帯には連絡がつくのでいつでもいってください」という気遣い(迷惑なので電話はしなかったが)をする。
自分が同い年の時は正直、頭空っぽでブルドーザーのように力いっぱい前進する感じだったので、彼の優秀さに心底驚かされた。この若さでどうやったらベテランのような立ち回りができるのか?と驚愕したのである。
仕事の合間に少し雑談のタイミングがあった。会議室で彼の仕事っぷりに触れると、「いやあ、20代後半までにもっともっと成長しないといけないので、毎日遅くまで必死に働いてます笑」と笑いながら返してくれた。
世の中には成長意欲に溢れた若者もたくさんおり、大多数が「頑張りたくはないが、パープル企業も嫌だ」と不満を募らせているわけではないのだ。
企業の「教育放棄」というバンザイ
そもそもパープル企業はどうやって生まれたのか?
昨今の世の中全体のホワイト化現象対して、企業側は「新人教育の降参」という形で応じ始めている。 パワハラのリスクを恐れ、上司は部下に対して踏み込んだ指導を行わない。少しでも負荷をかければ「ブラック」と断罪される現代において、企業は若手育成という難題に対し、匙を投げてしまったのだ。
「下手に育てて訴えられるくらいなら、何もしないほうがマシ」
「本人もやる気がないし、どうなっても知らない」
こうした上司の防衛本能からくる「戦略的放置」がパープル企業という形になったものと考えられる。
結果として、労働者は緩い環境に安住する一方で、自らの市場価値が失われていく恐怖に怯えるという、奇妙な対立構造が明確化している。
そして恐ろしいことにパープル企業の毒は遅効性だ。毎日、残業をせず定時帰りで仕事の責任もない。だが、そのままアラサー、そして中年と年を取ると「年を取っている割にスキルが低いビジネスパーソン」になる。このようにゆっくりと毒がキャリアを蝕んでいくのだ。
キャリアアップは自分次第
「元々、成長できない会社なだけでは?」「上司が無能というケースもあるだろ」という反論も想定されるし、確かにそういうケースもある。正直、成長できるかどうかは、「本人だけ」の責任ではないだろう。だが「じゃあ完全に会社のせいか?」というと、そうとも言えない。
応募前に自分が求めるビジネススキル、今後のキャリアデザインを考慮していれば、入社前にわかることだ。また、その仕事から付加価値のあるスキルや経験を引き出せるかどうかは、上司や会社ではなく本人次第だ。
やる気があれば、率先して手を挙げることでいい意味で、「年齢不相応」の仕事とやプロジェクトもできる。ハイスキル、経験があれば20代で年収1000万円に届く人はいるし、実際に筆者の親族にもキャリアアップ転職を繰り返し、到達した人が複数人いる。
ハードワークが難しい現代の働き方
社会全体のホワイト化が加速し、企業が「成長の場」としての機能を失い続ければ、労働市場はより明確な二極化へと進んでいくだろう。
かつては、組織の中に身を置くだけで一定の負荷と修羅場が用意され、結果としてスキルや市場価値が積み上がっていく環境が存在した。「体育会系、残業上等、だが20代のうちに家を建てられる」といった昭和的な会社は、その象徴だった。しかしそうした企業も、今では残業は減り、働き方は穏やかになり、良くも悪くも“普通の会社”へと変質している。
その結果、「会社に所属していれば自然とハードワークできる」「仕事を通じて勝手に鍛えられる」という前提は崩れつつある。本気で働きたい、圧倒的な成長をしたいと考える人間にとって、もはや環境は自動的には与えられない。
重要なのは、ハードワークの選択肢が消えたのではなく、「自ら選びに行くもの」へと変わったという点だ。起業という道もあれば、社外で率先してスキルを磨き、副業やプロジェクトベースで実戦経験を積む道もある。あるいは、ジョブ型雇用を前提とした外資系企業や、成果と引き換えに高い負荷を要求する組織を選ぶという選択肢もあるだろう。
いずれにせよ共通しているのは、「受け身で会社から教育される」「年次とともに自動的に成長できる」と期待は、もはや出来ないという現実だ。
普通の会社員として、誰もが働きながら自然に一流のスキルを身につける「中庸の道」は消えつつある。だがそれは、努力の道が閉ざされたという意味ではない。どこで、どんな負荷を引き受けるのかを、自分で設計する時代に入ったというだけの話である。
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厳しいことを言うと「パープル企業なんて嫌だ」なんてダダをこねるのはないものねだりをしているように思える。会社は学校ではない。結果を出したら相応の給与が支払われる営利団体だ。裏を返せば大した価値がないなら、給与も安くなるだけである。単価を高めたければ、他者が休んでいる間に自助努力で市場価値の高いスキルや経験をつけ、リスクを取って転職するしかない。
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