
The White House より
顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
日本の識者とされる向きの一部では米国のトランプ大統領の中国への政策が軟化したとする推測が幅を広げているようだ。「トランプ大統領はもう台湾を守らない」とする意見も大手メディアにまで登場する。
だがこの種の推測には根拠がない。現地のワシントンでみるトランプ政権の国防政策は中国の軍事力への抑止を最大の主眼としていることが明白なのだ。とくにトランプ大統領が中国に最も大きな脅威を与える海洋発射の中距離核巡航ミサイルの開発を決めたことのインパクトは巨大だといえる。
日本側でのトランプ大統領の「台湾放棄」説が間違っていることは、その大統領自身が最近、あいついで台湾への武器輸出を実行している事実からも明白である。
トランプ政権はまず昨年11月に台湾に対して総額4憶ドルほどの武器を売った。軍用輸送機のC130やその部品が主体だった。続いて12月中旬には合計111億ドルの兵器や弾薬類を台湾に輸出した。この時の内容は高機動ロケット砲システムの「ハイマース」82基をはじめ、地対地ミサイル「エイタクムス」約400基や対戦車ミサイル「ジャベリン」などだった。
これら兵器はいずれも中国側が最も強く反対する対象だった。しかも12月の兵器輸出の金額は一回の台湾への供与ではここ10年間で最大だった。
そのうえにトランプ大統領は議会両院が可決した「台湾保証実施法」という新たな法案に12月上旬、署名した。この法律はアメリカの台湾への防衛支援を改めて保証し、米台間の交流を米側の政府高官の訪問までを含めて高めることをうたっていた。
しかしそれよりもなによりもトランプ政権の台湾防衛の意図も含めて、中国の膨張への強固な抑止と警戒の姿勢は同政権の国防予算の内容から明白だった。トランプ政権の2026会計年度の国防費は初めて1兆ドルに接近する9000億ドルとなった。この金額は日本の年間の国家予算全体をも軽く超えてしまう。その史上最大の国防予算は中国の軍拡の抑止と反撃の能力の保持を主眼としていた。
トランプ大統領はこの予算を執行するための国防権限法に昨年12月中旬、署名した。これまた連邦議会両院が可決した国防予算の法案を実際の法律にする大統領の署名だった。この権限法は国防政策の内容を実際の経費の支出によって義務づける形で確定していた。
トランプ大統領は同時に国防権限について説明する声明を出して、主要な国防支出について解説していた。その主な柱は以下のようだった。
- 太平洋抑止構想
- 台湾安保協力構想
- 中国の戦略供給網のディカップリング
- フィリピンへの新鋭トマホーク・ミサイル供与
- グアム島の米軍基地のミサイル防衛再強化
以上、そのタイトルを一見しても中国への軍事面での対抗であることが明白な措置ばかりだった。
しかしとくに中国側にとって脅威となるのは海洋発射巡航核ミサイル(SLCM-N)の開発と配備だった。今回のトランプ政権の大規模な国防予算のなかでもアメリカ側の核戦力の強化を主眼とする点では最重要ともいえる措置だった。この巡航核ミサイルの主体は潜水艦、あるいは海上艦艇から発射できる中距離の核頭巡航ミサイルである。
この種の海洋発射の核ミサイルは米側では東西冷戦でのソ連との軍事対決で戦場(短距離)、あるいは戦域(中距離)の核兵器の一種として開発、配備されてきた。米国とソ連が戦略的核兵器とされる大陸間をまたぐ最強核兵器の使用までには達しない段階で小規模、あるいは中規模の核戦争を実施しうるという前提で開発された核兵器だった。ミサイルの飛行距離が最大2500キロ、弾頭の爆発力も特定地域内の破壊に限定されていた。
しかしソ連共産党政権の崩壊で東西冷戦が1991年に終わると時の先代ブッシュ大統領はこの種の小・中規模の核兵器の海洋配備を全世界的に中止した。その後、民主党オバマ政権もその政策を受け継いだ。
ところが2017年に登場した第一期トランプ政権はその政策を逆転させ、海洋発射巡航核ミサイルの開発を決めた。その動機は中国の核戦力の増強、とくにアジア太平洋地域での米側の中距離ミサイルが核、非核ともに中国よりずっと少なくなったことへの懸念だった。
中国側はこのトランプ政権の措置に猛烈に抗議した。そしてトランプ政権の後に登場した民主党のバイデン政権は中国側の意向を反映したかのように、この構想をキャンセルしてしまった。
こうした経緯を経て、二期目のトランプ政権は海洋発射巡航ミサイル(SLCM-N)の開発と配備を再決定したのだった。この措置自体がトランプ政権への強固な中国への対決と抑止の姿勢の表れだった。今回の予算措置では中距離核ミサイルの発射装置にまず約20億ドル、核弾頭の開発に5000万ドルの支出を決めたのだった。
トランプ政権のこの措置は米国の日本への拡大核抑止、つまり「核のカサ」の強化を意味するともいえる。中国側の核兵器での他国への恫喝や攻撃に対して、米側もその水準に合わせて柔軟に対抗できるようになるからだ。
いずれにしてもトランプ政権のこの種の動きからは中国への融和とか軟化という構図は浮かんでこない。
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古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2026年1月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。






