
1月最後の日曜日。熊本駅に来ました。

新幹線を降りれば目の前にはくまモンの頭。町を歩けばくまモンにあたる。九州に熊はいませんが、くまモンはその何十倍も多くいて遭遇しないことはありません。

今回はそんな熊本で車を借りて、1泊2日のドライブに出かけます。真冬のドライブで雪が心配でしたが、今回の旅の目的地、天草諸島は雪は降っていない模様です。

天草へは「水前寺」のある熊本市中心部から宇土を経由して三角西港方向にに伸びる宇土半島を経て入ります。今回紹介する三角港は宇土半島の西端にあって、天草諸島の入り口にあります。

熊本駅から50分ほど車を走らせて三角西港にやってきました。三角港は東港と西港に分かれていて、西港からは天草諸島に渡る最初の橋、天門橋(天草1号橋)を望むことができます。

さて、三角西港のあたりにはいくつか洋館が建ち並んでいます。実は三角西港は明治20年に竣工した日本国内でも最古の近代的港湾で、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業」のひとつに指定されています。
オランダ人技師、ローエンホルスト・ムルドルにより整備され、一時は福岡県の三池炭鉱で採掘された石炭を積みだすなど繫栄しましたが、明治40年ごろにはより広い場所を求めて三角東港が整備されてそちらに拠点が映ってしまったため急速に衰退してしまいました。
ただその頃に作られた遺構は多く残されており、そ世界遺産登録の決め手となりました。写真の龍驤館は明治天皇の即位50周年を記念して建てられた洋館で、イベント会場などとして活用されています。

こちらの浦島館はかつて小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が長崎からの旅の帰りに立ち寄った旅館です。現在の建物はその一部を復元したものですが、かつてはもっと大規模な旅館だったといい、当時の三角の繁栄ぶりが窺えます。

浦島館は三角港の歴史や地元・宇城(うき)市の観光名所などを紹介する施設になっていて中を自由に観覧することができます。


「ばけばけ」のポスターがあちこちに貼られる中、ローエンホルスト・ムルドル氏の肖像画がありました。もともとは熊本市内に港を建設する予定でしたが、三角が天然の良港であることに目をつけ、ここに港を作ることを進言した三角発展の立役者です。

そういうこともあって、港に面して建つ土産店はムルドル館と名づけられ今日もその名を残し続けています。


洋館が多い中、こちらの廻船問屋は和の装い。熊本市内にあった旧高田回漕店は明治20年ごろに三角に進出してこの建物で営業していたとされており、当時の繁栄を偲ぶことができます。

ところ変わってこちらは三角東港。山がちで町を広げられない三角西港に代わって開削が進められ、三角の主要港は西港から東港に移っていきます。今も天草に渡るフェリーは東港から出ています。このタニシのような建物は海のピラミッド。「三角」の地名から三角(さんかく)をイメージして作られたオブジェです。建物の周りには螺旋階段があってぐるぐると回って上に登ることができます。明治の洋館を多く擁する西港とは対照的な近代的な施設です。

海のピラミッドは中にも階段があって、ぐるぐると上に登ることができます。ところどころに外に出る扉があるので、中を回ったり外を回ったりすることができるのが面白いです。

登った先には天草の島々を望む美しい光景が待っています。

ぐるっと違う方向に回ると、JR三角駅が見えます。鹿児島本線の宇土駅から三角駅までを結ぶJR三角線の終着駅。ここで降りてここから船やバスで天草諸島に向かうこともできます。

以前一度だけJR三角線でここを訪ねたことがあったのですが、旅程の都合で9分だけ滞在して戻ってしまいました。当時は三角にこんな世界遺産などの施設があるとは全く知らずに慌ただしく駅の写真を撮って引き返していました。もったいないことをしました。

天草諸島の玄関口、三角はそれだけではなく日本の近代化を支えた港を擁する世界遺産の町でした。エリアはとてもコンパクトで、天草諸島へのドライブで休憩がてらふらっと立ち寄れる場所ですので、ぜひみなさんも来ていただきたいなと思います。
編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年2月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。






