戦略的コミュニケーションとは何か --- 岡田 芳樹

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「戦略的コミュニケーション」という言葉を聞くと、やや難しく感じられるかもしれない。しかし本質はきわめてシンプルである。

それは——目的を持って人の心を動かすコミュニケーションのことである。

単に情報を発信するのではなく、「誰に」「何を」「どのように」「いつ」伝えるかを計画的に設計し、相手の理解や行動を変えることを目的とする。国の政策、企業のブランド発信、そして個人のキャリア形成に至るまで、この「戦略的」な設計の有無によって成果は大きく変わるのである。

国家が重視する「戦略的な伝え方」

現代の安全保障は軍事だけでは語れない。情報戦・世論戦・心理戦、さらに認知戦が同時に展開される中で、「どう伝えるか」はすでに国家戦略の重要要素となっている。

例えば米国や英国では「Strategic Communication」を外交・防衛・公共政策の中核に据えている。国際社会での信頼獲得や自国の立場の理解を促進するため、メディア、SNS、文化、教育までも統合的に設計しているのである。

日本においても、防衛白書や外務省の広報戦略では「国際社会との認識共有」「国内理解の促進」などが重視されている。すなわち、情報を“制する”こと自体が安全保障の一部になっているのである。そしてこれはビジネスの世界でも同様である。次章でその点を検討する。

企業が求める「戦略的コミュニケーション力」

広報やマーケティングだけでなく、リーダーの発言、社内文化の伝達、顧客との関係構築すべてに関わるもの——それが戦略的コミュニケーションである。調査会社Walker Sandsの分析によれば、「戦略的にコミュニケーションを設計している企業」は、同業他社より最大3.5倍の成長率を示す場合があるという。

社員にメッセージが届かない。顧客に意図が誤解される。その多くは“伝え方”の設計不足に起因する。特に令和の時代は、SNSやAIが情報の仲介役となり、「何を言うか」よりも「どう伝わるか」が問われる。

企業が人を動かすためには、感情・データ・信頼の三つを組み合わせた「戦略的な物語づくり」が不可欠な時代である。

AI時代の戦略的コミュニケーション

AIが文章を生成し、画像を生み、感情を解析する時代となって久しい。私たちに求められているのは、「伝える力」をAIに委ねることではなく、AIを活用してより深く人に届く伝え方を設計する能力である。

AIの登場により情報量は爆発的に増加した。SNS投稿は毎秒数十万件、X(旧Twitter)では一日5億件以上の発信が行われている(Statista, 2024)。その中でメッセージを「見てもらう」「信じてもらう」「行動につなげる」ためには、単なる発信ではなく、意図的かつ構造的な戦略的コミュニケーションが必要となる。

AIは敵ではない。戦略を磨くための「鏡」である。自らの発信をAIで解析し、相手にどのように届いているかを確認する。それこそが令和的知性の一形態である。

キャリアに活かす「伝える力」

キャリアの成否を分けるのは能力そのものだけではない。どのようなキャリアを描き、そのためにどの能力をどこで取得するかという戦略的思考が重要である。これは就職前の学生にこそ伝えるべき点である。

そして、その能力をどう伝え、どう認識してもらうか——ここにキャリア形成が大きく関わる。研究者が専門性を社会に発信する。教育者が生徒に学ぶ意義を伝える。ビジネスパーソンが上司や顧客に信頼される説明を行う。これらすべては戦略的コミュニケーションの実践である。

AI時代には、「優れたスキルを持つ人」よりも「そのスキルの価値を伝えられる人」が評価される。すなわち、「伝える力」こそがキャリアのブースターとなるのである。

一般市民にこそ必要なスキル

かつて情報は専門家やメディアのみが扱うものであった。しかし令和の現在、誰もが発信者である。SNSで意見を述べること、地域活動で提案すること、子どもや同僚に何かを伝えること――そのすべてが戦略的コミュニケーションの一部である。

誤解を避け、共感を生み、対話を広げるために、私たち一人ひとりが「伝える力の責任者」となる時代である。この力を身につければ、社会の分断やフェイクニュースに流されることなく、自分の考えを自分の言葉で信頼をもって届けることが可能になる。

令和は「伝える知性」の時代

令和は、情報が溢れ、感情が揺れ、真実が曖昧になりやすい時代である。ポスト真実時代とは、真実より感情が優先されうる危険な時代を意味する。だからこそ、私たちは「何を信じ、どう伝えるか」を意識的に選ばなければならない。

戦略的コミュニケーションとは、単に上手に話すことでも、巧みに操作することでもない。相手を理解し、目的を持って誠実に伝える営みである。その積み重ねが信頼と行動を生み、社会をより良くしていく。

国家も企業も個人も「伝え方」が結果を左右する時代である。令和を生きる知性とは、まさに“戦略的に伝える力”なのである。

岡田 芳樹
民間シンクタンク研究員。1986年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。政策シンクタンク、公立小学校教員、金融系シンクタンクを経て現職。主な研究テーマは「教育社会学」「感情社会学」「戦略(インテリジェンス/コミュニケーション)」。

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