ニデック問題について第三者委員会の報告書が公表されました。これが最終報告書ではないのですが、最終報告書の方向性を見るという点では重要なポイントになります。

ニデック株式会社HPより
本件、あまりご存じない方もいらっしゃると思いますのでかいつまんで流れを説明します。御年81歳となる永守重信氏は京都で日本電産という会社を28歳の時に立ち上げます。いわゆる創業者です。その後、モーターを中心とする事業展開を図ります。印象的だったのは永守氏が「世の中からモーターが無くなることはない」と断言し、その世界を突き詰める意思を明白に示したことです。あれは90年代か2000年代ぐらいだったかもしれません。その後、国内外のモーター関連の企業を中心にM&Aを次々と行い、現時点で70数社を買収したとされ、M&A巧者として名をはせ、また一時期は日本の三大創業者の一人(孫、柳井、永守)と言われた時期もあります。
永守氏はとにかく働くことが趣味であり、正月ぐらいしか休まずとことん突き詰め、狙った獲物は逃がさない姿勢は異次元の世界でした。それがいわゆる永守イズムと称されるのですが、時折、報道から垣間見えるのは相当のスパルタ型だったとみています。私はあくまでもそれは一つの企業文化であり、それを認識したうえでその企業集団に入るとなればスパルタ型の組織は当然下部の組織にも伝播し、受け入れていくものだろうと察しています。それ自体は経営指導者として間違っているわけではないのです。ただ、その結果として不正が生じたことは残念なことであります。
同社の今回の問題の発端はイタリアと中国の事業会社の決算に関するやり取りで不自然な形が発覚したことからコトが大きくなったものです。そして昨日の第三者委員会の報告書では永守氏が直接的に不正を指導、主導したわけではないが、業績目標へのプレッシャーなどが激しく、それが一種の忖度や不正の温床になったと指摘したわけです。
当然、世間の目は厳しいものがあり、この先、ニデックの再生には相当いばらの道になるとみています。永守氏自身は経営からは完全に身を引いており、1週間ほど前にはその書面が公開されていました。その文面は非常に複雑な思いが言葉一つひとつに散りばめられており、永守氏の人生が双六でいう「ふりだしに戻る」状態になったこと、そのために81歳の今から新たな人生を歩むという誓いを見て取れます。
ただ、永守氏はニデックの株式をまだ8%超持っており、株主としての影響力を与えるだろうという懸念があるとされます。個人的にはここは申し訳ないですが、可及的速やかに売却した方がよろしいかと思います。ニデック再生のためには永守色を完全に消す必要があります。
市場はそれでも許さないかもしれません。なぜなら組織が永守イズム、平たく言えば永守学校の卒業生がわんさと在籍しているのです。
この事件は案外、自動車修理や中古車販売のビッグモーター社の保険金不正請求問題に近い話なのだと思います。圧倒的なカリスマがいて、そこにカバン持ちがいるのです。そのカバン持ちが実際には伝道師としての役割をすることで組織全体に同じような緊張感を張り巡らせるのです。
ビッグモーターの場合、最終的に身売りをしました。ニデックがきれいな形になるにはどこかに買収してもらうことで生き残りをかけたほうが良いのかもしれないと思っています。
会社は誰のものか、という議論をする際にその会社がどのように成長してきたか、という軌跡と共に組織の色を見る必要があります。今回、その最大の影響者である永守氏が自ら身を引いたわけですから、永守氏としては自分の会社がどんな形でになっても引き続き成長してくれることを望んでいるでしょう。正にバトンを託す、ということだと思います。
永守氏は長年、後継者選びで苦労しました。それは自らの色と後継候補者の色が合わなかったからなのですが、世の中の色がどんどん変わる中で永守氏の色はセピア色と化していたことを認めたくなかったことはあるのでしょう。永守色は鮮明で強い光を放つのだと。
ただ、私は今回も含め第三者委員会の報告が一般的に企業の独自カラーを否定することが多く、その結果、特色ない会社ばかりになることに懸念があります。日本では不祥事には第三者委員会というまるでパブロフの犬状態になっているのですが、果たしてそれが真の回答なのか、私はこのところ大いに疑問符をつけております。いわゆる第三者委員会を主導する弁護士は結局、弁護士でしかないのです。弁護士の物言いは面白くも何ともなく、せっかくの個性をどんどん潰していくことでよいのだろうかという疑問や声、意見すら出ないことがもっと恐ろしい社会だな、と感じています。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年3月4日の記事より転載させていただきました。






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