「ペゼシュキアン大統領の謝罪」が示すイランの深刻な権力争い

イランのマスード・ペゼシュキアン大統領は7日、国営放送でビデオ声明を通じて、湾岸諸国ら隣国へのイラン側の攻撃を謝罪し、「我々は隣国を侵略するつもりはない」と語り、「攻撃を受けた隣国に謝罪する必要があると考えている」と説明、イラン軍には今後攻撃しないように求めたことを明らかにした。

レバノン新大使アフマド・スウェイダン氏(左)の信任状捧呈式に臨むペゼシュキアン大統領、2026年2月24日、イラン大統領府公式サイトから

ぺゼシュキアン大統領の謝罪表明は隣国を含む多くの国々で驚きをもって受け取られている。謝罪することで、テヘランは戦争をより広範な地域対立にエスカレートさせる意向がないことを内外に示した、といった受け取り方がある一方、イラン革命防衛隊(IRGC)は大統領の謝罪表明に対し「米・イスラエル軍との戦闘中、謝罪を表明するのは敗北宣言に等しい」と批判的だ。実際、トランプ米大統領はトゥルース・ソーシャルで、イランが隣国に謝罪し降伏したと言及し、「米イスラエルの軍事的圧力が効果を発揮していることの証明だ」と主張している。

問題は、イラン大統領の謝罪表明後もイラン軍から湾岸諸国へミサイルや無人機攻撃が続いていることだ。カタールとアラブ首長国連邦(UAE)は7日午後、自国を標的にしたミサイルを迎撃したと発表している。この事実は、ぺゼシュキアン大統領の指令がイラン国軍やIRGC全体に浸透していないか、拒絶されているのではないか、といった憶測を生み出している。

ハメネイ師の死後、ペゼシュキアン大統領、司法府の代表ゴラムホセイン・モフセニ・エジェイ 最高裁判所長官、そして護憲評議会メンバーのアリーレザー・アラーフィー 氏の3人から構成された暫定指導評議会が発足され、国家の運営に当たっている。88人の有力聖職者で構成される専門家会議がハメネイ師の後任を任命するまで、ハメネイ師の職務を引き継ぐわけだ。イラン憲法第111条により、ペゼシュキアン大統領は最高指導者の多くの権限、特に軍の指揮権を担うことになっているが、その大統領の指令(暫定指導評議会の共同決定)が軍の下まで伝わっていないとすれば、「大統領は、革命防衛隊のような強力な軍事・治安機関を統制する能力を有していないのではないか」という憶測が生まれるくるわけだ。

中東専門家は、ハメネイ師の死後、イランで最高の権限を有しているのはイラン革命防衛隊(IRGC)と見ている。ハメネイ師時代から巨大な権限、経済力を有し、イランを掌握してきた組織だ。IRGCは次期最高指導者の選出を専門会議に急がせているのは、次期最高指導者の下でイランの統治を強化する狙いがあるからだと見られている。

IRGCは継承問題に深く関与し、憲法上の配慮や聖職者の一部からの抵抗にもかかわらず、次期最高指導者としてハメネイ師の次男、モジタバ・ハメネイ師(56)を支持している。すなわち、モジタバ・ハメネイ師とIRGCが国を統治する強権政治の継続を狙っているわけだ。

上記のシナリオより可能性は少ないが、「ペゼシュキアン大統領の暫定指導評議会は、今停戦を達成すれば、新たな最高指導者が現れる前に状況を安定させることができる一方、もしイランの政治体制を支配する次の人物が強硬派の聖職者であれば、外交の見通しは狭くなるという計算が働いているはずだ。そのため、ペゼシュキアン大統領は西側諸国と交渉できる穏健な指導者として自らを位置づけているのではないか」という深読みが考えられる。

いずれにしても、ハメネイ師の死後、政治家や聖職者、さらにはIRGCや治安部隊の指揮官たちは、現在の危機を自らの立場を強化する機会と捉えていることは間違いない。明確な点は、イランの宿敵、イスラエルは「ぺゼシュキアン大統領の謝罪発言」を緊張緩和への一歩と解釈することはないことだ。

イラン指導部はハメネイ師の死後の国再建のために早く後継者を選出しなければならないが、専門家会議は新しい後継者を選ぶのに苦労している。「専門家会議の上級聖職者がイランの次期指導者に2人の聖職者を指名したが、いずれも辞退した」と報じられているのだ。イスラエル当局者は次期最高指導者を標的にすると宣言していることもあって、誰もイスラエル軍に狙われる次期最高指導者ポストに就きたくないからだ。ちなみに、最高指導者になるには、88人中少なくとも3分の2が出席する会議で、出席者の3分の2の聖職者の支持が必要になる。

イラン当局は1日、ハメネイ師の葬儀をテヘラン、コム、マシュハドを巡る三段階の行進を想定し、その後ハメネイの故郷での埋葬を予定していると表明したが、ハメネイ師の国葬が遅れている。理由は明らかだ。イラン内の指導者ばかりか、外国からのゲストが集まる国葬は安全上危険すぎるからだ。特に、ヒズボラやフーシ派に関連する外国の要人は、テヘランで挙行されたぺゼシュキアン大統領の就任式に参加したハマス指導者イスマイル・ハニーヤ氏が2024年7月殺害されたことを挙げ、出席に懸念を示しているという。多くのイラン当局者も同様の懸念を共有している。イランの同盟国の中国とロシアは下級代表団を派遣する予定という。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年3月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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コメント

  1. yuzo.seo より:

    > ペゼシュキアン大統領は西側諸国と交渉できる穏健な指導者として自らを位置づけているのではないか」という深読みが考えられる。

    この長谷川氏の記述は、アゴラ記事の末尾に「長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年3月8日の記事を転載」と書かれているように、少々古い情報です。ロイターの3/11付け記事は以下のように伝えております。https://jp.reuters.com/world/security/5BW6GS76CFJYPLQGVW5J5TJGMQ-2026-03-11/

    > 「三頭政治」の一角として指導者交代期間の統治を委任されたペゼシュキアン大統領は、湾岸諸国に対する攻撃を謝罪したが一転、7日に発言の撤回を余儀なくされた。誰が実権を握るのか、という疑問はこの一件で消え去っただろう。情報筋がロイターに伝えたところでは、IRGC高官らはペゼシュキアン大統領の謝罪に激怒していたという。

    結局のところ、現在のイランは、IRGCが新指導者に担ぎ上げたモジタバ氏と、穏健な指導者層の間に対立があり、実権をIRGCが握って穏健派が押さえられているのが現状ということでしょう。だから、ペゼシュキアン大統領が、直ちに西側との交渉相手になる、ということは期待薄です。それどころか、下手をすればIRGCに排除されてしまうかもしれません。

    反政府勢力の不在がイランの戦乱を長引かせるとの心配がなされておりましたが、イラン政府内部に穏健派が存在するという事実は、この戦乱の早期終結への、一つの希望に見えます。ここは、ペゼシュキアン大統領に無理な期待をせず、事態の推移を慎重に見守るべきところです。過度な期待は禁物ですが、彼が助力を必要とした際には、適切な手が打てるようにしておく必要があるでしょう。まあ、日本には手の打ちようもなさそうなのが、少々情けないところですが。