対イラン戦争「山以外に友はいない」クルド人の動向

日本人にとってクルド人と言えば、埼玉県川口市の「クルド人問題」を直ぐに想起されるだろう。クルド人といってもシリア系、トルコ系、イラン系、イラク系など中東各地に住んでいる民族で、その総数は3,000万人から4,000万人を超えるともいわれる。クルド人の主要宗派はイスラム教スンニ派だが、それぞれ独自の民族的気質を有し、その政治信条も異なることが少なくない。音楽の都ウィーンにはトルコ系だけではなく、シリア系、イラク系などのコミュニティが存在する。彼らはクルド系民族の国家建設を願っている点では一致しているが、その方向性、手段などで異なっており、時には対立して身内紛争を起こしている。

(トルコにはクルド人人口は推定1,500万から2,000万人で全人口の約18から20%、イラクには750万人から800万人で全人口の15%から20%、イランは800万人から1,200万人で全人口の約10%、そしてシリアでは200万人から360万人だ)

イランの新最高指導者、モジタバ・ハメネイ師、Tasnim通信から,2026年3月9日

米軍とイスラエル軍が2月28日、イランへ軍事攻撃を開始してはや10日余りが経過した。攻撃初日にイランの最高指導者ハメネイ師がイスラエル軍の空爆で死去したほか、イランの政治、軍事組織のトップ指導者が相次いて殺害されたこともあって、ハメネイ師が主導してきたイランのムッラー政権の崩壊がすぐそこまで来ているといった楽観論が欧米で広がった。

トランプ米大統領はイランに対し「無条件降伏」を要求する一方、軍の攻勢をさらに強めてきている。一方、イラン側は9日未明にハメネイ師の後継者として同師の息子モジタバ・ハメネイ師を選出し、新しい指導者の下で国の結束を呼び掛ける一方、イスラム革命防衛隊(IRGC)は湾岸諸国へミサイルや無人機攻撃を継続するなど、戦いが長期間する気配も見られてきた。

そのような中、イランのクルド人の間では2022年のマフサ・アミニさんの死をきっかけとした大規模デモ以降、政治活動が活発化してきた。そして今年2月、「イラン・クルディスタン政治勢力連合」(CPFIK:Coalition of Political Forces of Iranian Kurdistan)が結成された。イランの現体制打倒とクルド人の自治権確立を目指す主要なクルド系反体制組織による統一連合体だ。CPFIKには、イラン・クルディスタン民主党(DPKI)と、PKKの姉妹政党であるクルディスタン自由生活党(PJAK)という2大政党が含まれている。

イランのテヘラン政権はこの連合を「分離主義テロ組織」として厳しく非難しており、イラク北部の拠点に対する空爆や越境攻撃を強化するなど、緊張が高まっている。

イラン国内の混乱に乗じ、クルド自由党(PAK)やクルディスタン自由生活党(PJAK)などの組織が、体制転換を狙う米国などの外部勢力と連携を深める動きを見せてきている。ただし、トランプ大統領は5日、イランのクルド人に対してムッラー政権の打倒に立ち上がるように呼び掛けたが、7日になると、「米国はクルド人と非常に友好的な関係にあるが、戦争を今以上に複雑化させたくない」と述べ、クルド人の参戦には消極的になってきた。

イランの少数民族のほとんどは、イスラム共和国に根本的に反対している。クルド人は1979年のイラン革命に積極的に参加したが、最高指導者ホメイニ師率いる新政権によって、シャー・モハメド・レザー・パフラヴィー政権下と同様に、自治権への願望は容赦なく抑圧された苦い体験がある。

そして現在、イラン政権は内部から著しく弱体化しており、米国とイスラエルによる激しい攻撃を受けている。イランのクルド人にとって武装蜂起の絶好のチャンスだが、「米国は信頼できる同盟国ではない」という考えが根強い。実際、ここ数十年、彼らは様々な米国政権に裏切られてきたからだ。

最近では、米国は2024年12月にアサド政権が崩壊した後、シリアの新しい暫定政権(アフマド・アルシャラア氏率いる旧反体制派主体)との関係構築を優先してきた。 米国はクルド勢力に対しは、独自の政治的地位(自治権)を維持するのではなく、統一されたシリア国家の一員として統合されるよう圧力をかけてきた。これまで対IS(イスラム国)戦で共に戦ってきたクルド側は、民主的な自治を約束されていたと感じていただけに、米国の「使い捨て」態度に強い失望を示したといわれている。

米政府高官が、クルド勢力との関係を「一時的、戦術的、取引的なもの」と公言したことが報じられると、クルド側は「ISを倒すための道具として利用されただけだった」という思いを強めている。「山以外に友はいない」という格言が語られるほど、クルド人には大国に利用され、最終的に見捨てられてきた歴史があるからだ。

イランのクルド人民兵組織はイラクとトルコに隣接するクルド人居住地域で権力を掌握する準備ができているが、米国がクルド人を再び見捨てれば、クルド人民間人が虐殺されるリスクが出てくる。イランのクルド人民兵は米国と「実質的に戦争に突入する」可能性を否定していないが、イランのクルド人住民の大多数がこれに反対している、といった具合だ。また、イラクのクルド人は大規模な戦闘部隊を保有しているが、イラン政権との戦闘には乗り気ではない。

いずれにしても、現在のイランにおけるクルド人問題は、単なる国内の少数民族問題を超え、中東全体の安全保障を揺るがす地政学的な重要課題となっているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年3月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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