米・イスラエル両軍が2月28日、イランのテヘランに大規模な空爆を実施し、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師、イラン革命防衛隊のモハメド・パクプール司令官、国家防衛会議議長のアリー・シャムハーニー氏のほか、ムーサヴィ軍参謀総長も死亡したことが明らかになった。イスラエル軍は同日、ナシルザデ国防軍需相や革命防衛隊トップら7人も殺害したと発表した。
すなわち、米・イスラエル軍の空爆でイランの政治、軍部のほぼ全ての指導者が殺害されたわけだ。イランのムッラー政権はこれで終わり、体制維持は難しいという声が聞かれたが、イラン攻撃から2週間が経過した今日、「イラン戦争はひょっとしたら長期化するのではないか」といった報道が見られる。

米海軍の艦艇が「エピック・フューリー作戦」の一環としてミサイルを発射する(写真提供:米中央軍)
考えてみてほしい。イランで37年間、最高指導者として君臨したハメネイ師の国葬すら現在のイランでは挙行できないのだ。ハメネイ師の後継者が選出されたというニュースが国営テレビで報じられたが、新指導者は国営テレビに出演せず、国民向けのメッセージも同師の肉声ではなく、アナウンサーの代読だった。イラン現体制は大丈夫か、といった声が出てきても当然だろう。
もちろん、モジタバ師の不自然なデビューにはそれなりの理由はあった。先月28日のイスラエル軍らの空爆で父親ハメネイ師夫妻ばかりか、モジタバ師も重傷を負ったからだという。もう一つは、公の場に登場すれば、米・イスラエル軍の標的となる危険性があるからだというのだ。一応、もっともな理由だ。
ちなみに、最高指導者としてモジタバ師の最初のメッセージは、「米・イスラエルへの報復を継続せよ」といった内容だった。イラン国軍、イスラム革命防衛隊(IRGC)そして国民に向かって銃を持って敵に立ち向かえと檄を飛ばしたことになる。イラン問題の欧州専門家は「モジタバ師はIRGCが担ぎ出した人物であり、軍・経済の全権はIRGCが掌握している」と受け取っている。
イランでは最高指導者は単に精神的指導者だけではなく、内政、外交、社会政策までほぼ全分野で最終決定権を有する立場だ。そのハメネイ師がイスラエル空軍の空爆で死亡した。最高指導者が空席のままでは、イラン全般の指導メカニズムが停滞してしまう。そのため、IRGCが急いで専門家会議にモジタバ師を最高指導者に選ばさせた、というのが舞台裏の事情だ。
最高指導者となったモジタバ・ハメネイ師は1969年,マシュハド生まれで、現在56歳。イランの第2代最高指導者アリ・ハメネイ師の次男だ。父親ハメネイ師の健康問題が浮上する度に潜在的後継者として名前が挙がってきていたが、本人が公の場に姿を見せることはほとんどなかった。
問題は、モジタバ師の宗教的地位はホジャトール・イスラームだ。イスラム教シーア派の中堅のイスラム法学者に過ぎず、アヤトッラーの称号を有していないということだ。 称号アヤトッラーは、シーア派イスラム教における高位の宗教指導者に与えられるもので、「神の徴(しるし)」を意味し、卓越した学識と宗教的権威を持つイスラム法学者に授けられるものだ。法学者の間ではモジタバ師の最高指導者選出に不満を持つ聖職者が多いといわれる。トランプ米大統領はモジタバ師を「イランの指導者としてはライト級(軽量)だ」と述べたことがあるが、その理由は、モジタバ師がイスラム教の最高法学者ではない、という意味合いがあったのかもしれない。
先述したように、ここにきてイラン攻撃は長期化するのではないか、といった声が聞かれ出した。米・イスラエル軍の攻撃を受け、多くの指導者が殺害され、新指導者は軽量級であり、ハメネイ師の葬式すら挙行できないイランに対して、体制崩壊といった憶測報道は次第に消え、イランのムッラー政権は存続する可能性が高いのではないか、という声が強まってきているのだ。なぜだろうか。
そこでイラン戦争が長期化して得する国はどこかを考えてみた。先ず考えられるのはロシアのプーチン政権だ。世界的石油生産国イランで戦争が勃発し、湾岸諸国の重要な原油輸送ルートのホルムズ海峡の封鎖情報を受け、世界市場の原油価格は急騰してきた。プーチン大統領は大喜びのはずだ。原油価格の高騰が長く続けば、ロシアにとって収益が多くなる。換言すれば、イラン戦争が長期化すれば、それだけロシア側の収入が増えるわけだ。そこでロシア側が「イラン戦争は長期化の様相を深めてきた」といった偽情報を世界に向かって配信する。世界の原油市場はそれらの情報に敏感に反応する。
興味深い点は、プーチン大統領は9日、トランプ米大統領と電話会談し、翌日、イランのペゼシュキアン大統領と電話会談していることだ。両会談の内容は報じられていないが、世界の原油問題が大きなテーマであったことは間違いないだろう。トランプ大統領はその後、突然、ロシアの原油輸出制裁の一部緩和を発表しているのだ。ウクライナのゼレンスキー大統領は「ロシアは少なくとも100億ドルの外貨収入を得る。それはウクライナ戦争の戦費となるのだ」と述べ、米国側の一方的な制裁緩和に激怒している。
なお、ロシアはムッラー政権の存続を支えるために、米軍の動向に関する衛星情報を提供している。ムッラー政権が少しでも存続するように腐心している。
一方、トランプ氏には11月の中間選挙が控えている。イラン戦争で米国内のエネルギー価格が高騰してきた。そこでウクライナ側の抵抗を知りながらも、国内政治を優先してロシア制裁の緩和を決定したわけだ。
いずれにしても、イランの国内情勢は厳しいうえ、イラン国軍、IRGCも弱体化している中、イラン戦争の長期化報道はロシア側の情報工作の可能性が高い。

プーチン大統領と故アリー・ハメネイ師 2015年11月 クレムリンHPより
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年3月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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