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2025年、日本政府はAI基本計画を閣議決定した。
そこでは、日本の現状について「主要国のみならず中小国にも後塵を拝している」と明記されている。
この認識は正しい。
しかし、本当に問うべきはその先である。この計画は機能するのか。機能しなければ何が起きるのか。
本稿では、その帰結を「永続課金国家」と定義する。これは、AI基盤を外部に依存し、産業全体が継続的に海外へ価値を支払い続ける構造である。
なお、本稿は政府や関係機関の努力を否定するものではない。ガバメントAIのような取り組みは方向として正しい。
しかし、努力と構造の機能は別の問題である。善意と努力は、設計の欠陥を自動的には解決しない。
1. AIは「国家の制御層」である
AIは単なるITツールではない。それは意思決定に介入する技術である。
企業の経営判断、行政の政策決定、医療の診断、教育の評価。あらゆる領域で、AIが判断の一部を担い始めている。
ここで重要なのは、AIを作る側と使う側の分断である。AIを作る国は判断ロジックを持ち、使う国はそれを受け入れる。
日本は資源国ではない。本来は情報処理で競争力を持つ国家だった。しかしAIはその延長線上にはない。
AIは、すべての産業の上に乗る制御層である。
ここで遅れるということは、産業競争に遅れることではない。国家の判断能力そのものを外部に委ねることを意味する。
2. なぜ日本はAIで結果を出せないのか
① 制度が「作られるAI」を量産する
日本のAI政策は、「作ったこと」を評価する構造になっている。
研究を行い、開発を始め、実証実験を行う。これらは評価される。
しかし、そのAIが実際に使われ続けているかは評価されない。
ここで重要なのがPoC(実証実験)である。これは、試しにAIを使ってみる段階を指す。
問題は、このPoCで止まるケースが非常に多いことだ。作る、試す、終わる。この三段階で完結する構造が繰り返されている。
「使われるAI」ではなく「作られるAI」が最適化されている。
② 国のAI支援はなぜ成果に繋がらないのか(GENIACの例)
日本には、国が資金を出してAI開発を支援する仕組みがある。GENIACと呼ばれる制度だ。方向性自体は正しい。
しかし問題は、その後が制度として設計されていないことにある。
開発されたAIがどれだけ使われたのか、
ビジネスとして成立したのか、
継続的に運用されているのか。
これらが追跡されない。
結果として、「作るところまで」が制度の責任範囲になっている。その先にある「使われ続けるかどうか」は、制度の外に置かれている。
③ 人材・実戦・投資の欠如
AIは机上では強くならない。実運用でのみ進化する。
しかし日本では、実戦環境が少なく、評価は国内基準に閉じ、投資は単発で終わる。特に投資の構造が決定的に異なる。
海外では、10回中1回当たればよいという前提で資金が投じられる。
日本では、外さないことが前提になる。
この違いが、挑戦の回数を決定的に減らしている。
日本は遅れているのではない。最初から勝てない構造にいる。
3. 現在地の確認:日本は土俵に立てているのか
AIの性能は、国際的な指標で比較されている。
例えば、Chatbot ArenaはAI同士の回答を人間が比較し、勝敗の積み重ねで順位が決まる国際ランキングである。いわばAIの格付けのようなものだ。
MMLU-Proは、AIの知識や推論能力を測るテストであり、国際学力テストに近い性格を持つ。
筆者が確認した限り、これらの主要ランキング上位に日本発の大規模モデルはほとんど見当たらない。
さらに重要なのは水準である。例えば、中国の4Bクラスの小型モデルがMMLU-Proで約79というスコアを記録している。
この水準に達している日本発の同規模モデルを、主要ランキング上で確認することは難しい。
問題は順位ではない。そもそも競争の水準に達しているかどうかである。
現状の日本は、この土俵で存在感を示せていない。
4. よくある反論とその限界
まず、「政府やデジタル庁は努力している」という指摘がある。これは事実であり、否定されるべきではない。
しかし、努力と構造の機能は別の問題である。設計が不適切であれば、努力は結果に結びつかない。
次に、「日本にもAIはある」という反論がある。しかし、存在していることと主導権を持っていることは別である。
「計算資源はある」という指摘もある。しかし、その稼働状況が可視化されていなければ、資源は機能していないのと同じである。
「AIはバブルではないか」という意見もある。しかしAIは収益ではなく基盤の問題であり、インフラは景気に関係なく進行する。
最後に、「まだ始まったばかりだ」という認識がある。しかしAIの基盤研究はすでに10年以上の蓄積がある。
差はこれから縮まるのではなく、構造的に拡大していく。
5. AIを持たないことで起きる現実
① 判断の外部化
AIが判断を担う社会では、判断基準そのものが外部に依存する。これは単なるITの問題ではなく、主権の問題である。
② 控えめ試算でも「消費税3%分」に相当する規模
日本のデジタル赤字は約6.7兆円に達している。この数字は国際収支統計に基づくものであり、把握可能な範囲に限られた控えめな試算である点には留意が必要だ。
それでもなお、この規模は極めて大きい。消費税収は年間およそ23兆円であり、6.7兆円はその約3割、税率に換算すれば約3%分にあたる。消費税3%分と同規模の価値が、毎年海外に流出している構造に近い。
もちろんデジタル赤字と消費税収に直接の因果関係はない。しかし国民経済のスケール感として捉えれば、この比較は誇張ではない。
さらにこの6.7兆円は、把握可能な範囲に限られた数字に過ぎない。生成AIやクラウドの利用が拡大するほど、この構造的な流出は膨張していく。
③ 人材の消滅
AIは使うだけでは理解できない。作る過程でしか技術は蓄積されない。
作らない国には経験が残らない。結果として、将来的に追いつくことが不可能になる。
6. 国策の再設計
提言① 計算基盤の稼働を可視化する
日本は計算資源を保有しているが、その利用状況は可視化されていない。
稼働率、利用時間、利用主体をKPIとして管理する必要がある。
これは単なる設備管理ではなく、国家の実行能力を測る指標である。
提言② 評価基準を整備する
現在、日本には共通のAI評価基準が存在しない。
そのため、成果の比較や方向性の統一ができない。
日本語に最適化された評価基準を整備することは、研究支援ではなく競争参加の前提条件である。
提言③ 「試用」を「本採用」に接続する
2026年3月、デジタル庁は国産LLMをガバメントAIで試用する対象として選定した。
しかし現状は、試用、評価、調達検討という段階にとどまっている。本採用に接続される制度的保証は存在しない。
この構造は、PoCで止まる問題と本質的に同じである。
必要なのは、稼働率、継続利用、実ユーザー数といった条件を明文化し、それを満たしたもののみを調達対象とすることである。
「作る」ではなく「使われ続ける」を評価軸にする必要がある。
結論
問題は人ではない。設計である。
現制度は、作ることを評価し、使われることを評価しない構造になっている。この構造が続く限り、日本は使う側に固定される。
設計されていない国家に、強いAIは生まれない。AIを持たない国家は、永続的に課金させられる側になる。







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