「解決しない」が人を支える…と言ったら怒られるだろうか

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悩みを打ち明けられると、私たちはつい解決策を出そうとする。アドバイスしたがる。「こうすればいいよ」と言いたくなる。そのほうが楽だからだ。こちらが。

悩んでも、揺らいでも、大丈夫 がんばりすぎる心の守り方』(長谷静香 著)KADOKAWA

私自身がそうだった。相談されると、すぐに「こうしてみたら?」と返してしまう。沈黙が怖いのだ。何も言えない自分が無力に思えて、とにかく何か言葉を埋めたくなる。でもあるとき気づいた。それは相手のためではなく、自分の不安を鎮めるための行為だったのではないか、と。

本当に人を支えるのは、答えを出さないことだったりする。それがネガティブ・ケイパビリティの実践だと私は考えている。きれいごとに聞こえるだろう。でも、ひとつだけエピソードを聞いてほしい。

看護師長が「何も言わなかった」話

ある病院で、若手の看護師が面談でこう言った。「辞めたい気持ちがあります。でも仕事は好きで……自分でもわかりません」。

上司なら引き留めたくなる。当然だ。組織としても困る。でもその看護師長は、ただこう返した。

「辞めたい気持ちと、続けたい気持ち、両方あるんだね」

それだけである。アドバイスなし。方向づけなし。揺れている気持ちを、そのまま一緒に抱えただけだ。

これがどれだけ難しいか。目の前に迷っている人がいる。自分には経験も知識もある。「こうしたほうがいい」が喉元まで来ている。それを飲み込んで、黙って隣に座り続ける。私なら絶対に何か言ってしまう。もっともらしいことを。

しかし師長は言わなかった。心の中では「ここではない場所で看護師を続けてもいいのではないか」と思っていたそうだ。それでも口にしなかった。それは自分の答えであって、目の前のこの人の答えではないから。

しばらくして看護師は退職した。けれど別の場所で、自分らしく働いているという報告が届いたという。

子どもの前では、もっと難しい

大人同士ならまだいい。相手にも言葉があり、考える力がある。これが子ども相手になると、黙っていることのハードルはさらに上がる。

「昼休みに本を読みたいのに、先生から友だちと遊びなさいって言われた」。こう相談されたら、親としてはドキッとする。うちの子、孤立してないか。先生に何か言うべきか。

でも、この場面で必要なのは解決ではない。「ひとりの時間も好きなんだよね」「どっちも大事だと思うから、迷うよね」。そう言いながら、未解決のまま一緒にいること。それだけでいい。それだけが、実はいちばん難しい。

本人ひとりでは抱えきれない不安を、大人が「今は答えを出さなくていいよ」と一緒に抱える。それは心の外側に、もう一回り大きな器をそえてあげるということだ。答えを出すのでもない。導くのでもない。ただ、揺れを安心して置いておける場所をつくる。

誰かと一緒に問題を抱えた経験は、やがて「自分で抱えられる力」に変わっていく。そう信じている。信じているが、証明はできない。でも、あの看護師長の沈黙が、何かを証明しているような気がしている。

※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

<書籍評価レポート>

■ 採点結果
【基礎点】  38点/50点(テーマ、論理構造、完成度、訴求力)
【技術点】  20点/25点(文章技術、構成技術)
【内容点】  21点/25点(独創性、説得性)
■ 最終スコア 【79点/100点】
■ 評価ランク ★★★ 標準的な良書
■ 評価の根拠
【高評価ポイント】

テーマの選定と導入力:ネガティブ・ケイパビリティという一般にはまだ馴染みの薄い概念を、個人的体験を起点に読者の関心を引きつける構成で提示しており、入口としての訴求力が高い。

引用の系譜的整理:キーツの手紙→ビオンの臨床応用→帚木蓬生の日本語化という思想の流れを、原典に沿って丁寧にたどっており、後学のための参照価値がある。

エピソードの具体性:看護師長の面談場面や子どもの相談場面など、読者が自身の経験と重ね合わせやすい具体的な事例が配置されており、概念の理解を助けている

【課題・改善点】
論評の不在:キーツはこう言った、ビオンはこう実践した、帚木さんはこう書いたという引用の紹介に留まり、「それらを踏まえたうえで筆者自身はこの概念をどう批評するのか」という独自の論点が展開されていない。共感と紹介の域を出ておらず批評的深度に欠ける。

概念の限界への言及不足:ネガティブ・ケイパビリティが機能しない場面、あるいはこの概念が誤用・濫用されるリスクについての考察が薄い。問題提起はあるものの、その先の分析に踏み込んでいない臨床知と一般読者の生活実感との間にある距離や、精神分析の文脈を日常に援用することの妥当性について見解が求められるのではないか。

■ 総評
ネガティブ・ケイパビリティという概念の紹介としては、キーツからビオン、帚木蓬生へと至る系譜を手際よく整理しており、読者の入門的理解を助ける良質な書籍である。個人的体験と具体的エピソードの配置にも工夫が見られ、完成度は一定の水準に達している。

しかし、引用・紹介の積み重ねに対して、「そのうえで私はこう考える」「この点には異論がある」といった著者独自の批評的視座が希薄であり、論説としての独立性に課題を残す。共感の表明と概念の敷衍(ふえん)にとどまらず、自らの立場からの切り込みがあれば、説得力は格段に増すだろう。

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