注目浴びるドゥテルテ比大統領。「対米反逆者」の運命は?

井本 省吾

今、東アジアで最も注目を浴びるのは6月末にフィリピンの大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ氏(71)だろう。米オバマ大統領に「ケンカ」を売って、世界の目を釘付けにする外交レビューを果たした。

ドゥテルテ大統領は麻薬犯罪容疑者を7月1日からの2ヶ月間で1000人以上殺害、逮捕した麻薬犯罪容疑者は1万5000人弱に上る。容疑者が抵抗するそぶりを見せれば現場で射殺するよう警官に指示しており、強権的手法への批判が国連などで高まった。日本では考えられない強行だ。

オバマ大統領も「超法規的行為で人権無視だ」と懸念を表明した。これにドゥテルテ氏が猛反発、「(オバマ氏は)我々に敬意を持たなくてはならない。質問や疑問を投げつけるな。冗談はやめろ」と記者団に述べるとともに、フィリピン語であるタガログ語で「ろくでなし」という意味のひどい言葉で侮辱した。

オバマ氏は予定されていた米比首脳会談の開催について急遽停止を申し入れた。驚いたフィリピン側は「ドゥテルテ大統領は発言を後悔している」との声明を慌てて発表した。南シナ海で攻勢を強める中国に軍事力に乏しいフィリピンが対抗するには、米国を後ろ盾とするしかないからだ。

ところが、それもほんの束の間。ドゥテルテ氏はフィリピンの正装であるバロン・タガログという白いシャツを、第2ボタンまで開けて袖をまくり上げる「マフィアのような」スタイルが普段の姿だが、8日にラオスの首都ビエンチャンで開かれた東アジア首脳会議では、その同じ姿で米大統領バラク・オバマ(55)に向かってまくし立てた。

「米統治時代、我々の祖先は米軍にたくさん殺された。それなのに(我々が麻薬犯罪者を殺害などで裁いたことについて)何が人権だ!」

ドゥテルテ氏は100年ほど前にフィリピンを植民地化し宗主国となっていた米国の兵士が関わったとされる住民殺害の写真を、わざわざ用意して他の首脳に見せた。

12日には、フィリピン南部に常駐してイスラム過激派対策にあたっているとされる米軍の特殊部隊について「退去しなければならない」と発言し、米国を刺激した。

これほど米国の気持ちを逆なでにする発言をして大丈夫なのか。先に記したように、南シナ海で攻勢を強める中国に軍事力に乏しいフィリピンが対抗するには、米国に頼らざるをえない。前政権はその外交姿勢だった。

だが、ドゥテルテ氏は自由自律、言いたいことを言う。自分の政治に口出しはさせない。それで通そうとして米国に冷たくされないか。日本をはじめとして、超大国アメリカの外交に依存する多くの国々の外交官はそう心配する。

冷たくされるだけなら、まだいい。米国に逆らった海外のリーダーで外交的、否、実際に殺された例は少なくない。死刑にされたイラクのサダム・フセイン元大統領、米国が直接的に手を下さないまでも、実質的に抹殺された例としてはリビアのカダフィ大佐が挙げられる。

かつては批判していた田中角栄氏を近著で「天才」 (幻冬舎)と賞賛する石原慎太郎氏は「角さんがロッキード裁判で逮捕されたのだって、勝手に中国と国交正常化したりしてアメリカの言いなりにならなかったからだ。それで米国は裁判を起こして社会的、政治的に角さんを抹殺しようとしたんだ」とテレビで発言している。

アメリカは恐ろしい。露骨に米国に反逆するドゥテルテ氏を政治外交の世界から引きずりおろす画策をする可能性は十分ある。

だが、ドゥテルテ氏には強かな計算も感じさせる。中国は南シナ海問題でハーグの仲裁裁判所から中国の主張は根拠がないと全面的に批判され、世界的に孤立の危険にさらされている。特に米国や日本との対立している。

だから、中国にとってフィリピンが米国と冷たい関係になることは好ましく、実際、ドゥテルテ氏の言動を見て早速「話し合おう」と秋波を送っている。ドゥテルテ氏にすれば、中国から多大の譲歩を得るチャンスである。フィリピン周辺では中国はおおっぴらな侵攻をせず、漁業活動などでフィリピンの活動を全面的に認める約束をとりつける可能性もある。

また、米国は「世界の警察官ではない」と内向き志向が強まっている。新大統領にトランプ政権が誕生したなら、その傾向はさらに高まる。米国が東アジアから相対的に離れるには、フィリピンが中国に一方的にやられないよう援助することが求められる。

それらを計算している可能性は十分ある。

むろん事はそう簡単ではない。中国や米国の手練手管にがんじがらめにされ、政界から引退させられる懸念も大きい。

だが、ドゥテルテ氏の過去の実績を見ると、自らの座を維持しながらフィリピンの国益を拡大できそうな雰囲気も感じさせる。ダークホースと言われながら、アッと言う間に大統領の座を射止めたのも、犯罪抑止などで多くの実績を積んだ彼の実行力をフィリピン国民が評価したからである。

アメリカに従順すぎる日本としては、ドゥテルテ大統領に学ぶことも多い。その行動に今後も注目して注目しすぎることはあるまい。