ひろゆきの新党ごっこで見えた 変わらぬ『オンナは苦手。』

ひろゆきさんが昔から得意としてきたのは、自分が矢面に立つことなく、安全な場所から冷めた傍観者のポーズを決め込むことでした。2010年に出版された対談本『オンナは苦手。』を開くと、その本質が実に赤裸々に表れているように感じます。


オンナは苦手。

要するに、ひろゆきさんは本気で誰かと人生を分かち合うつもりなど、最初からないのでしょう。自分が機嫌よく過ごせる環境だけを周囲に整えさせ、いざとなれば「自分は知らない」「そんなつもりはなかった」と責任を回避します。その無責任な処世術が、長年にわたってネットの向こう側でもてはやされてきました。しかし、その甘えの構造が、ついに家庭の壁を越えて現実の社会に波及しようとしたとき、当然のしっぺ返しがやってきます。

突然の新党結成という名の「おふざけ」と「先回り」の失敗

今回の新党結成騒動は、その典型例です。ひろゆきさんにとって政治や社会運動など、真剣な営みではなく、単なる「面白半分のおもちゃ」にすぎないのでしょう。日常の生活空間で周囲の人間がどれだけ迷惑をこうむろうが、自分がその瞬間に面白がれるかどうかが最優先されます。

かつてひろゆきさんは、著書『オンナは苦手。』(2010年出版)の中で「彼女に怒られないように、先回りするようにしている」などと語り、日常生活の些細な摩擦を回避するための処世術を披露していました。部屋の片付けやちょっとした小言など、身の回りの小さなトラブルに対しては、怒られる前に保身を働かせる「先回り」ができていたのかもしれません。

しかし、今回の「新党結成」という、人生の重大な方向性や家庭の基盤を揺るがしかねない巨大な地雷原に対しては、肝心の「先回り」が全く機能しませんでした。いや、そもそも他人の迷惑や身近なパートナーの感情を想像する能力が欠落しているため、先回りすべきポイントすら見えていなかったと言うべきなのかもしれません。

ネットの寵児が現実の壁に直面するとき

結果として、その「おふざけ」のスケールが大きすぎて、長年彼を野放しにしてきた身近なパートナーの堪忍袋の緒を完全に切らせてしまいました。西村ゆかさんが激怒しているというニュースは、ある意味で必然の結末でした。日常の些細な怒りを避けることだけに賢さを使い、肝心な場面で大やらかしをするようでは、どれだけ斜に構えた理屈を並べ立てようとも、滑稽なだけです。

ネットという安全圏に引きこもることで自身のキャラクターを維持してきましたが、現実に政党を作ろうなどというリアルな動きに出れば、そこには身近な家族の生活という「生々しい現実」が立ちはだかります。小手先の小賢しい先回りなど通用しない巨大なトラブルを自ら引き起こし、妻が怒り心頭に発しているという事実こそが、ひろゆきさんのその幼稚な振る舞いが現実社会の前で完全に破綻したことを、何よりも雄弁に物語っています。


オンナは苦手。

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