「でも」と「だって」を捨てた日の話

BeritK/iStock

素直さが大事。

はいはい、知ってます——と、画面を閉じかけたあなた。ちょっと待ってほしい。僕もそうだった。「素直さ」なんて言葉を聞くたびに、説教くさいな、と思っていた側の人間だ。

素直=言いなり。素直=自分がない。素直=負けを認めること。そう思っていた。というか、そう思わないとやっていけなかった。

なぜか人が集まる人の39の習慣~応援される人になる行動と考え方~』(中川真光 著)太陽出版

かつての僕は、ひとからアドバイスをもらうたびに心の中で高速反論していた。

「でも、それ自分には当てはまらないし」「だって状況が違うし」「分かるけど、今は無理だし」。

口には出さない。出さないけど、態度でバレバレだったと思う。腕を組んで、目が泳いで、「なるほどですね」と言いながら何一つ受け取っていない。あの感じ。想像つくでしょう。

今になって分かる。あれは鎧だった。否定されるのが怖い。できない自分を直視したくない。だから、相手の言葉が届く前にシャッターを下ろしていた。結果どうなったか。周りがせっかく差し伸べてくれていた手に、まったく気づけなくなった。当たり前だ。目を閉じていたんだから。

話を変える。

ある日、尊敬している先輩にこう言われた。「まさみっちゃん、まず”うん”って言ってみたら?」

それだけ。説教じゃない。ダメ出しでもない。ただの一言。なのに、なぜかこれが胸の奥にズドンときた。反論しなくていいのか。正解を出さなくていいのか。受け取るだけでいいのか——そういうことか、と。

その日から一つだけ決めた。言われたことを、とりあえず否定しないでみよう、と。

怖かった。正直に言う。「うん、そうなんですね」と返すだけのことが、なぜあんなに難しいのか。自分の非を認めるようで、負けたみたいで、価値が下がる気がして。でもやってみたら、驚いた。ひととの空気が変わった。張りつめていた会話が、ふっと緩む。相手の顔がやわらかくなる。たったそれだけのことで。

そして気づいた。受け止めたからって、自分は消えない。意見を捨てたわけじゃない。ただ、相手の好意が届く場所に、自分を置いただけだ。

応援される人を見ていると、才能があるとか実績があるとか、そういう話になりがちだけど、違う。僕がたくさんの人を見てきて確信しているのは、応援される人は例外なく”受け取り上手”だということ。「ありがとう」が言える。それだけ。でもそれだけのことを、驚くほど多くの人ができていない。

5歳の子どもに何かを差し出して、「いらない!」と背を向けられたら、もう次はいいかなと思う。でも「ありがとう!」とニコッとされたら、またあげたくなる。人間関係なんて、煎じ詰めればこれと同じだ。

素直さは性格じゃない。才能でもない。今日から使えるスキルだ。次に誰かから何か言われたとき、反論する前に、心の中で一回だけ唱えてみてほしい。「受け取ってみよう」。実行するかどうかは、そのあと決めればいい。

※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

22冊目の本を出版しました。

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