
東急東横線渋谷駅
渋谷に来ました。みなさんは鉄道路線の廃線というとどういうイメージを持つでしょうか?地方のローカル線が、人口の減少やモータリゼーションの影響で乗る人が少なくなって赤字が拡大して経営が立ち行かなくなって廃線する。そういうイメージを持たれている方が多いかもしれません。
間違っているわけではありませんが、それは廃線のひとつの例にすぎません。大都会においてもそれまであった鉄道路線が廃止されるケースはたくさんあります。今回は渋谷区で廃止になった「東急東横線」の廃線跡を歩きたいと思います。
え、いや待て。東横線は今もあるじゃないか、という方もいると思いますが、今ある地下の東横線渋谷駅は2013年3月16日に供用開始したもの。それまでは地上にあったのです。東京メトロ副都心線と東横線の直通運転のため、渋谷駅から代官山駅にかけての1.4キロを地下化しました。これに伴い従来あった地上区間は廃止、すなわち「廃線」となったのです。

SHIBUYA SCRAMBLE SQUAREから延びている2つの線。これが廃線となった地上区間の「跡」。この先ずっと代官山駅方面に延びています。今回はこれをたどって散歩していきます。

線路跡は2018年に完成した複合商業施設、渋谷ストリームの中を貫いていきます。

道の真ん中に書かれた「TRACK No.3」の文字。この場所こそ東横線地上駅の3番線があった場所。多くの乗客がここから横浜・桜木町方面に向かっていました。現在、東横線の横浜側はみなとみらい線と直通運転しており、桜木町駅は経由していません。
2004年にみなとみらい線が開業するにあたり、横浜駅と桜木町駅の間は廃線となっています。ここでも大都会の中の「廃線」という現象が起きています。

商業施設の真ん中を貫く線路跡。かつてここに鉄道があったことを示す確かな証です。

線路跡の脇にはほぼ等間隔で「05」「07」という数字が書かれています。これらはかつてあった橋脚の番号です。代官山方面に向かうにつれて番号が大きくなっていきます。

渋谷ストリームを抜けると今度は地上に降りて渋谷川沿いを歩きます。かつて東横線は川の側の橋脚の上を走っていました。27番橋脚から60、61番橋脚方面に歩いていきます。

31、32番橋脚は一部柱と線路が残されており、ちょっとしたモニュメントとなっています。ここを散歩する区民の方の休憩スペースとして活用されていました。

いかにも大都会の中の廃線、といった印象。

この先はしばらく、渋谷川に沿って、増えていく橋脚跡の番号を確認しながら歩いていきます。




並木橋交差点付近にはまた柱と線路の土台の跡。かつてここには並木橋駅という駅が存在していました。1927年の路線開業とともに設置され、駅の周辺にあった國學院大学など多くの学校に向かう学生たちで賑わっていました。1945年5月の空襲により駅は焼け、その後休止し、1946年5月、正式に廃駅となっています。

並木橋交差点を越えた南側もまだ廃線跡は残っています。

渋谷ストリームとともに、廃線跡に誕生したSHIBUYA BRIDGEは、A棟の保育所、B棟のホテル・店舗・オフィスからなる複合施設。さながら駅のプラットフォームのようなデザインになっています。

柱には地上時代の東横線の走る様子が描かれていました。かつてこの柱の上を多くの列車が走り抜けていたことの証です。

廃線跡の旅はここまでにして、来た道をもどり渋谷ストリームの中のパスタ屋に入りました。かつて地上の渋谷駅の乗客で賑わった場所は、若者が集うファッショナブルな店舗に変わり、違った形で人々を集めていました。
時代とともに町は変わり、その中で鉄道路線も新たな町にあった姿に変わっていきます。それは悲しいことではなく、新たなステージへのステップアップ。新しい姿で東京の人々の足として利便性を高めていってほしいと思います。
編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年4月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。







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