AIが仕事を奪う?についての話だが、答えはもう出ている

wildpixel/iStock

「AIが人間の仕事を奪う」。

もう何回この見出しを見ただろう。正直、飽きた。でも飽きたと言いつつ、やっぱり気になる。それが人間というものだ。

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たしかに現実は容赦ない。数年前まではプロのカメラマンに10万円払って撮っていた商品写真が、いまやAI画像生成で3分だ。3分。カップ麺と同じである。

法律事務所に頼んでいた契約書も、専門家が唸りながら書いていたコラム記事も、AIが瞬時に仕上げてしまう。「人間がやる意味、もうなくない?」と不安になるのも無理はない。

だが、ここで一回落ち着いてほしい。

歴史を振り返ると、同じパニックは何度も起きている。農業の機械化で「農民は全員失業する」と騒いだ。産業革命で「工場労働者は路頭に迷う」と恐れた。

パソコンが登場したとき、母親が「これからは手書きの仕事がなくなるわよ」と心配していたのを覚えている。実際なくなった。でも、その代わりにウェブデザイナーとかプログラマーとか、母親の想像もつかない仕事が山ほど生まれた。

要するに、テクノロジーはいつも「人間の退屈な作業」を奪い、「人間らしい仕事」を残してきた。AIだって同じパターンだ。奪われるのは、単調で、感情も物語も必要としない機械的な仕事。それだけの話である。

じゃあ聞くが、AIがどれほど賢くなっても、親友が泣いているときに肩を抱いてやれるか。自分の子どもに「大好きだよ」と、目を見て言えるか。誰かの人生を変える一言を、その人にとってベストなタイミングで届けられるか。

無理だろう。少なくとも今は。

なぜなら、そこには数字やアルゴリズムでは絶対に測れない「人間らしさ」が必要だからだ。人間らしさとは、失敗や不完全さ、痛みや喜びの中から生まれるものだ。

AIが完璧にこなせるルーティンワークを引き受けてくれるからこそ、私たちはもっと人間らしく生きられるようになる。

「AIに仕事を奪われる」んじゃない。奪われるのは退屈な作業であり、残るのは人間にしかできない仕事だ。その事実に気づけるかどうか。それがAI時代の、たった一つの分かれ道だと思う。いや、思うというか、確信している。

※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

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