黒坂岳央です。
ひと頃、空前のフリーランスブームがあったが、そこから時が流れた今でも、SNSには「会社員はリスク」「サラリーマンは奴隷、独立こそ自由」という意見を見ることがある。
まるでサラリーマンであることを時代遅れの選択であるかのように下にみて、独立や投資への移行を煽るコンテンツは今も多い。
だがこれらの発信の大半は、重要な点を見落としており一方向からの視点に留まっていると感じる。こうした発信者は自分のコンテンツを売りたいインセンティブを持っており、不安を最大化することが多い。
筆者はサラリーマンも独立も経験している。また、特にフリーランスや投資商品を販売する立場でもないので、ポジショントークなく中立的立場でロジカルにこの問題の持論を展開したい。

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サラリーマンと独立者は参加ゲームが違う
そもそもサラリーマンと独立は、優劣を比較できる対象ではない。
債券投資と株式投資を比べて「債券を選ぶ奴はセンスがない」と言う人間はいないはずだ。債券は低リターン・低ボラティリティ、株式は高リターン・高ボラティリティ。どちらが優れているかではなく、投資家のリスク許容度と目的によって最適解が変わる。
サラリーマンと独立もまったく同じだ。サラリーマンは安定した収入・社会保障・キャリアの蓄積というリターンを、組織への従属というコストで買う。独立は収入の上限撤廃というリターンを、高いボラティリティと廃業リスクというコストで買う。
どちらを選ぶべきかは個人のリスク許容度・資産・スキルのエッジ次第であり、一方が絶対的に正しいという話にはならない。
「サラリーマンリスク論」の論理的欠陥
彼らが言う「サラリーマンのリスク」を聞くと、「勤務先は安定していないから」という。だが、実態は「特定企業への依存リスク」の指摘に過ぎない。当然すぎる話だが、勤務先が消えたら転職すればいいだけである。サラリーマンには強力なリスクヘッジがある。
サラリーマンの本質的な強みは「職歴の可搬性」だ。10年間の勤務実績、役職、専門スキルは次の職場に持ち込める資産であり、転職市場において、サラリーマンの職歴は価値を持つ。年収の下振れはあっても、市場からの退場にはなりにくい。そう考えると、「食いっぱぐれ」は実質的にないと言える。
その一方、独立者が廃業した場合はサラリーマンとはまったく異なる打撃になる。こうなった場合、彼らの選択肢は二つしかない。新たなビジネスをゼロから立ち上げるか、非正規雇用で市場に戻るかだ。
前者は収益化まで最低でも数年を要し、その間の収入は一切保証されない。数年で復活できればいいが、その保証はどこにもない。
また、後者は収入の激減だけでなく、組織文化への再適応・ソロプレイからチームプレイへの転換という大きな環境変化が待っている。だが独立するような人間が組織で再び働くのは非常に厳しい変化である。サラリーマンが慣れ親しんだ勤務先を転職で変える、というのに比べてケタ違いの苦痛だろう。
リスクを「上下の振れ幅」と正確に定義するなら、独立の方が圧倒的に高ボラティリティだ。この事実を「会社員はリスク」論者はほぼ例外なく言わない。サラリーマンの危機煽りをする発信者が正直に暴露すれば自分のコンテンツが売れなくなるので、自らの首を絞めるからだ。
向き不向きという現実
独立に向いている人間には明確な共通点がある。自律的に動けるセルフスターター、市場で希少性を持つ商品やスキル、そしてビジネス感覚だ。同時に、チームプレイが苦手で組織に馴染めないタイプも独立に流れやすい。
SNSで「独立して年収1000万」という発信が目立つのは、アルゴリズムが上振れした成功事例を増幅させるからだ。大きく稼いで派手に発信する人間の声だけが可視化され、まったく稼げずに撤退した人間は当然発信しない。仮に発信してもニーズがないので存在が可視化されない。これは生存バイアスそのものである。
データが現実を物語っている。フリーランスの廃業率は1年以内で約30%、3年以内で約60%に達する。10年後も継続できるのは約10%にすぎない(中小企業庁の事業所データをもとにした業界推計)。仮に25歳でフリーランスになった100人のうち、90人は35歳までに廃業して会社員に戻るか別の生計手段を探している計算だ。
収入面の実態も厳しい。マイナビの2024年調査によると、独立後の収入は会社員時代と比べて約半数が減少した。その結果、フリーランス全体の平均年収は425万円で、中央値は300〜400万円未満にとどまり、国税庁データによる会社員の平均給与478万円を下回る。
最高月収の平均は53万円だが、最低月収の平均はわずか11万円。この波がフリーランスの実態だ。なお、ランサーズの同年調査では副業・すきまワーカーを含む広義の集計で約7割が年収99万円以下であり、収入に満足しているフリーランスはわずか32%という結果も出ている。
特に有事ではこの差は残酷なほど明確になる。
コロナ禍でフリーランスの約9割が業務に影響を受け、7割以上が収入減を経験した(フリーランス協会調査)。一方、正社員については企業が利益を削ってでも雇用を維持しようとし、雇用調整助成金という国のセーフティネットが大規模な失業を防いだ。
このセーフティネットの対象は「雇用契約のある労働者」であり、独立者はその外側に置かれる。平時には見えにくいこの差が、有事に一気に顕在化したのがコロナ禍だった。
SNSで目立つ「独立して年収1000万」は、統計的には上位10%未満の話に過ぎない。「フリーランスがサラリーマンより上」ということは、統計的だけで言えば妥当性があるとは言いづらい。
AIと人手不足が証明するサラリーマンの底堅さ
現在進行系でAIが市場を再編している。この変化を理由に「サラリーマンは危ない」という論が強まっているが、論理が逆だ。
仮にAIで勤務先の業績が悪化しても、正社員は仕事を選り好みしなければ転職して食いつなぐことができる。日本は構造的な人手不足であり、働く意思があれば仕事に困ることはない。雇用市場という「セーフティネット」が存在するのだ。
一方、独立者がAIで自分の産業ごと蒸発した場合はどうなるか。これまでの仕事の実績が丸ごと無効化され、別分野でゼロから再起動を迫られる。産業そのものが消えたら、職歴の可搬性が失われる。テールリスク、つまり最悪の下振れシナリオに強いのは明らかにサラリーマンの側だ。
◇
筆者はサラリーマンをやめて独立という選択を後悔していない。しかし、だからといって今サラリーマンをやっている人を下に見たり、独立こそが最高などとは言わない。冷静に考えて大半の人にはサラリーマンは依然として合理的な最適解だ。
「会社員はリスク」に不安を感じた時、まず問うべきことがある。その発信者は今、何を売っているのか。その問いひとつで、セールストークに踊らされるリスクは大きく下がる。
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