
「行ける選挙は全部行った。行けない時は期日前投票行ったよ。結果、俺の暮らしはどうだ。」
「多数決なんかクソですよ。」
この台詞を笑いに変えた芸人が今、マクドナルドのCMに出ている。
漫才コンビ、ドンデコルテの渡辺銀次氏だ。 M-1グランプリ、R-1グランプリと続けざまに大躍進したこの人物が、なぜ今この時代のアイコンたりうるのか。話題のCMを紐解きながら、その真意を論じたい。
CMの表の顔
まず、CMを見ていない人のために概略を説明しよう。 渡辺氏がマクドナルドのダブルチーズバーガーを美味しそうに頬張った後、こう語りかける。
「渡辺銀次、40歳独身、私は豊かです。豊かさとは持っているものの多さではない。無駄に使った時間の多さです。たとえ無駄なことでも自分が楽しければとことん楽しむ。それが大人というものなんです。」
ロックバンド・怒髪天の「オトナノススメ」をバンド演奏で歌い、大人に向けて「人生はこれからだ」というメッセージを送る。前向きで、明るく、温かい。
——表の顔はそうだ。
しかしこのCM、実は全身にLEDを巻いて光る自転車で走っている映像が差し込まれている。これが何を意味するか。M-1のネタを見ていない人には、まったく意味をなさないカットだ。
M-1のネタに潜んでいたもの
渡辺氏がM-1で披露したネタは二本。どちらも笑いの皮を被った、強烈な社会批判だった。
1本目:デジタルデトックス
「だいたいあの年金とか保険料は何で税金って言わねえんだよ。味方みたいな顔で近づいてきやがって結局税金じゃねえか。あんなもんやり方ペテンだからな。」
デジタルデトックスのネタの中の台詞だ。スマホで現実逃避を続ける理由を「現実に向き合いたくないから」と説明した直後、40歳独身の現実——督促状、年金、保険料——が一気に溢れ出す。言い切った後、「危ない、現実に向き合いかけた」とすぐ逃げ戻る。
2本目:名物おじさん
「保険料の支払いが増えたんです。40歳から介護保険料というものを追加で徴収されるんですね。カツカツで。最近独身の孤独感が恐怖感に変わってきてる。」
「もうね、私、全身にLEDを巻いて光る自転車で走ろうと思うんです。」
現実に耐えられず、いっそ名物おじさんになってしまおう、という開き直りだ。相方に諌められた後、冒頭の台詞が来る。
「行ける選挙は全部行った。行けない時は期日前投票行ったよ。結果、俺の暮らしはどうだ。多数決なんかクソですよ。」
CMの裏の顔
さて、このネタを踏まえてもう一度CMを見てみよう。
「40歳独身。」——自虐だ。
「私は豊かです。豊かさとは持っているものの多さではない。無駄に使った時間の多さです。」——皮肉だ。「無駄」「多さ」というワードが、無為に過ごした時間への自嘲のサインとして機能している。
「たとえ無駄なことでも自分が楽しければとことん楽しむ。それが大人というものなんです。」——開き直りだ。
要するに、これはツッコミを省略した一本のネタとして構成されているのだ。
そして映像に、全身にLEDを巻いて光る自転車で走る姿が映し出される。これがM-1のネタの文脈であることを、暗に、しかし明確に示している。 ネタを知っている人間には、このCMが社会風刺・自虐・皮肉・開き直り・ブラックユーモアの複合体として見えるはずだ。
二つの解釈、どちらが「正解」か
SNSやネットでは、前向きなメッセージとして受け取っているコメントも多い。それどころか、
「40過ぎて自分の好きなことに時間を使っている男に承認を与えてどうする」
という批判すら出ている。
こんなさ、40過ぎて自分の好きなことに自分の時間使ってるような男に承認与えてどうするんだよ。こういうのはオトナとは言わん。トイレに入ってる時だけが自分の時間で、それですら子供が乱入してきてコラって言ってるのがオトナってもんだろう。 pic.twitter.com/hkwVUZvTop
— ロスジェネ勤務医 (@losgenedoctor) April 10, 2026
一つの解釈として間違いではない。製作者も、どちらの受け取り方も許容して作っているだろう。
しかし、それでは知的なブラックユーモアが死んでしまう。 笑いの中に潜ませた強烈な社会へのアンチテーゼ。
本当は現状に決して満足していない。そしてそれは社会、とりわけ政治の責任でもある、という告発。
それが、なかったことであるかのように、ましてや現状礼賛として消費されかねない。そこに強い違和感を覚える。
なぜ渡辺銀次は「アイコン」なのか
ここで冒頭の問いに戻ろう。なぜ渡辺氏が時代のアイコンたりうるのか。
渡辺氏の笑いの構造を整理するとこうなる。
社会制度への怒り(年金・介護保険・選挙の裏切り)
→ 現実逃避(スマホ、LED自転車)
→ 開き直り(「それが大人というものなんです」)
私は46歳、就職氷河期世代の一員だ。個人的には医療業界という守られた場にいるが、同世代の閉塞感と悲哀は他人事ではない。払い損がほぼ確定した年金徴収。団塊世代以上に過度に傾いた医療費配分。それを支えるための重い社会保険料。
この世代の精神構造を整理すると、こうなる。
社会制度への怒り(払い損の社会保険、政治不信)
→ 現実逃避(無力感による諦め)
→ 開き直り(「まあ自分の好きなことやるか」)
——完全に同型だ。
しかし、渡辺氏は、開き直りを肯定で終わらせない。笑いの真価はここにある。
名物おじさんになると宣言しながら、「多数決なんかクソですよ」と叫ぶ。CMでもLEDチャリに乗りながら演説する。諦めた顔をしながら、告発をやめない。 怒りを笑いに昇華しながら、それでも手放さない。
その様式を完成させた人物が渡辺銀次だ。だから彼は、氷河期世代の精神構造そのものを体現するアイコンとなりうる。いや、なるべき存在なのだ。
真のオトナノススメ
笑いの解説が不粋なことは百も承知だ。 それでも書いたのは、渡辺氏が笑いの中に込めた社会批判と自虐、渾身のカウンターパンチが、知らぬ顔で素通りされていくことへの危機感からだ。
「無駄に使った時間の多さ」を豊かさと呼び、それでも選挙に行き、怒りを笑いに変えて叫び続ける。その姿に共鳴する人間が今この国にどれだけいるか。
…と、つい熱が入ってしまった。
このコラムもまた、「無駄に使った時間」の一つ、オトナの楽しみ、ということにしておこう。
編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2026年4月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。







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