私の渋谷との接点は中学3年生の進学塾通いの頃からで、高校、大学が渋谷、勤めた会社も渋谷、カナダで独立してからも校友会絡みの会議などで渋谷には今でも通い続けています。先般も渋谷で仲間たちと歩きながら「来るたびにわからなくなる駅だね」と話していました。
とこでニューヨークを代表する画像と言えばブロードウェイの交差点のところですが、日本を代表する画像と言えば渋谷のスクランブル交差点であります。外国人がなぜあんなに渋谷スクランブルに興奮するかと言えば我々がブロードウェイの交差点に立って「いやー、ニューヨークに来たぞ!」と言うように外国人からは「シブヤ、クールだぜ」ということなのでしょう。
ですが、私は渋谷ってつまらない街だと思うのです。それは長く知る者としてほぼ断言できる事実であります。理由は簡単。道玄坂を登ると何があるでしょうか?(ラブホテル街と言わないでください。)センター街の奥には何がありますか?では宮益坂の向こうは?
実は渋谷は奥の広がりがない街なのです。谷底にある街で何か目的があるような地点につながらないのです。例えば池袋ならサンシャイン通りを経てサンシャインシティがあります。新宿なら伊勢丹に向かうところが要ですね。上野は御徒町とつながります。銀座と有楽町は銀座通りと共にコリドー通りがその役目を果たし新橋につながります。その点では渋谷の奥行きのなさは秋葉原に近い感じだと思います。
昔はそれでも楽しかったのです。道玄坂の向こうには異質感あふれる東急本店がありました。私が高校の時、ディスコが日本で初めて話題になり渋谷初のディスコはセンター街の奥にスターウッズ(その後、スパッツィオ→ガウディと名を変えました。)があり通ったものです。それらはもうないのです。
そんな渋谷で西武百貨店は一等地に建っていることもあり、行くには行ったけど池袋に比べておとなしさのある百貨店だったと思います。特にメンズ売り場は道路を隔てたB館にあり、時折男友達と連れだって洋服を見に行ったりしたのですが、渋谷の喧騒から離れ、とても落ち着いたまるで美術館にでもいるような静寂があったのが強い印象でありました。

西武百貨店渋谷店 Wikipediaより
渋谷西武は東急のおひざ元に西武が殴り込みをかけたと話題になったわけですが、今は東急デパートがない状態の中、西武の一人勝ちのはずが、「おい、お前も閉店か?」といういよいよ百貨店の終焉を迎える時代になって来たようです。
ではこの西武の跡地に何を建てるのか、これが案外難しいのであります。というのは東急が進める高層ビルを中心とする再開発は必ずしも評判が良くないのです。つまり集金マシーンと化し、渋谷文化を潰した、というわけです。渋谷文化村があるけれど私には渋谷文化なんていうものがそもそもなかったと思っています。つまり新宿がOLなどちょっと大人の人に受ける街、池袋がJKとJC(女子中学生)及び埼玉県民の都会のオアシス、銀座有楽町が大人の街なのに対して渋谷はイケてる奴らの集まるところ以外の何物でもなく、悪く言えばかつて代々木公園に集まった竹の子族が大人になったそんな感じであります。
もともと渋谷は東急沿線のお金持ちないしお金持ち風ないしお金持ちにあやかりたい族が集まっていたところで、わざわざ東急本店に行くのに百貨店の乗り合いバスに乗っていく品の良いお年寄りの顔が本当の姿で「東横のれん街」で食材を買っていくのがハイソの第一歩でありました。
が、そこに若者文化を無理やり持ってきたのでなんだか分からなくなり、ハローウィーンで若者が盛り上がると思えば大騒ぎする若者に辟易とした渋谷区長がその勢いを止めてしまいます。今、冷たい景観の超高層ビルがにょきにょき立ち並ぶあの街は特に旨いものがある訳でもなく、特にめぼしいものがある訳でもなく、文化が創造される拠点とも思えず、立ち位置がよりわかりにくくなった街になったと思います。
その点からは東急グループが儲けたのかは知りませんが、都市開発という点では残念なケースだと思います。当然ながら渋谷西武跡地も高層ビル系で下層階にショップ、上層階にホテルや事務所などができる程度だと思われ、金太郎飴のようなしょうもないデベロッパーのしょうもない建物がまたできるのかと思うと「用事がなければ行きたくない街」に成り下がってしまう気がします。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年4月19日の記事より転載させていただきました。






コメント
昔の渋谷は「本の街」というのが私のイメージでした。当時の大型書店も、次々と閉鎖されてしまったのですが。その名も「文化会館」という名の最上階にプラネタリウムを載せたビルには、三省堂書店の大型店舗がありました。また、西武デパートの方に少し歩くと大盛堂があり、少々硬派の書物が多く置いてありました。
駅を挟んで西武デパートとは反対側の東急プラザには、紀伊国屋書店の大きな店舗が少し遅れて開業し、こちらにはSFなどが充実していた記憶があります。これらの大型書店、なぜかみんな廃業してしまったのですね。渋谷の存在意義が、一つ失われてしまった、というのが私の実感です。
1990年代以降の、いわゆる「ITバブル」の時代、渋谷は米国西海岸のシリコンバレーの向こうを張った「ビットバレー」を目指して、IT関連のスタートアップの集積に力を入れております。確かに「渋谷」ですから「バレー」ではありますし、シリコンに代表されるハードウエアではなく、ビットに代表されるソフトウエアを狙うという考え方は間違っておりません。
でも、シリコンバレーにあって渋谷にはないものがある。シリコンバレーがシリコンバレーたり得たのは、スタンフォード大学や、カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)や、カリフォルニア工科大学(カルテック)等の大学から、最新の半導体技術とこれを習得した人材がもたらされたからなのですね。渋谷には、青山学院大学(青学)が一応ありますし、東大の駒場も井の頭線の二駅先にあるのですが、青学は文系だし、東大駒場も大学1‐2年の教養学部で、どちらも最新技術からはちょっと離れております。まあ、駒場の東大駒場第二キャンパスには先端研や生産技術研究所がありますけど、シリコンバレーと張り合うには、小規模に過ぎ、少々力不足感があるのですね。
「渋谷の奥行きのなさは秋葉原に近い感じ」とのことですが、確かに渋谷と秋葉原よく似ております。どちらの街も歩いておれば、ここが日本の最先端といった風情がありますし、外国人観光客も多い、絵になる街ではあります。そして、実は秋葉原も、ITスタートアップの聖地などと呼ばれており、様々なスタートアップ支援が行われております。こちらは数が多いのでいちいち書きませんが、例えば以下でGoogleサーチすれば具体例が多数出てまいります。
https://www.google.com/search?q=%E7%A7%8B%E8%91%89%E5%8E%9F%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8BIT%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E6%94%AF%E6%8F%B4
秋葉原は、電子部品やアニメ関連コンテンツの店舗が多いだけでなく、5分も歩けば神保町の本屋街に出られます。まあ、ヨドバシにも結構書籍はそろっているのですが、さすがに神保町にはかないません。こちらは、日本を代表する本屋の街、昔の渋谷よりも充実しているのは当然ともいえます。
で、渋谷と神保町、実はあまり遠くはない。銀座線の末広町駅は、秋葉原電気街の北のはずれあたりで、渋谷からは乗り換えなしで行ける。末広町の駅名を「北秋葉原」に変えれば、外国人観光客をはじめ、その他の日本人も、もっとこの駅を利用するようになるのではないかと思います。そして、渋谷と秋葉原を一体でITの聖地とする。これがIT関連スタートアップを我が国で盛んにする、一つの手段ではないかと思います。
この双方を一体で見れば、秋葉原も渋谷も、それ相応の「奥行」というものが生まれそうです。秋葉原と渋谷、直線距離で8kmほど離れているのですが、サンノゼとスタンフォードの間など20km以上離れている。秋葉原や渋谷からの20km圏内には、東京の主要大学が多数含まれております。秋葉渋谷統合IT聖地とこれら主要大学の関連学部を何らかの形で組織化すれば、我が国のIT関連産業も、もっと効率的に発展するのではないでしょうか。
このようなところまで視野に入れて、渋谷の再開発をやっていただけると、夢があってよいのですが。