AIで書いた文学作品は人力より価値が劣るのか?

内藤 忍

作家の最相葉月氏がAIでの作成した作品を許容する文学賞の審査員を辞退したという記事を読みました。

気持ちは理解できなくはありませんが、良く考えれば何だか不思議な気がします。

かつてワープロが登場した時に「手書きでなければ心がこもらない」といった意見があったのを思い出しました。

今やかつてのように万年筆で原稿用紙に文章を書く人は少数派です。しかし、それによって心がこもった文章が減って文学の質が落ちたという事実はありません。

AIもそれと同じで、あくまで執筆を支援する便利なツールに過ぎないと思います。

入力するコンセプトを練り上げ、出てきた言葉を修正して、最終的に作品として完成させる。その最終判断を人間が行っている以上、それはあくまで人間の制作物です。

AIが書いたからといって自動的に名作が生まれることはありません。それをどう人間的な表現に昇華させるかというプロセスこそ人間の創造力の出番なのです。

また、著作権侵害を懸念する人もいます。確かにAIが過去のデータを使ってアウトプットを行うのであればいわゆる「パクリ」のリスクはあります。これも当然のことながらその最終責任は制作を行う人間にあります。

さらにAIがあっという間に文章を生成するのを見て、人間が時間をかけて作品を作る努力の過程が軽視されているという批判もありますが、私はむしろ逆だと思います。

AIを活用することで、書き手の効率性が高まり、今までと同じクオリティの作品を今までより大量に生み出すことができれば、AIの活用には大きな価値があると思います。

人間が書いたか、AIが書いたかではなく、作品そのもののクオリティによって評価を決めるのが芸術に対するフェアな対峙の姿勢ではないでしょうか?

日本経済新聞電子版によれば星新一賞の応募作品の中でAI小説は前回の5倍超の491作品になっているそうです(図表も同紙から)。

もしAIが書いた作品が人間の書いた作品を凌駕するとすれば、人間はAIに作品制作を任せた方が良いということになります。AI小説を規制することで人間を超える可能性を潰してしまうのは文学の世界における大きな損失ではないかと思います。

onurdongel/iStock


編集部より:この記事は「内藤忍の公式ブログ」2026年4月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は内藤忍の公式ブログをご覧ください。

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資産デザイン研究所社長
1964年生まれ。東京大学経済学部卒業後、住友信託銀行に入社。1999年に株式会社マネックス(現マネックス証券株式会社)の創業に参加。同社は、東証一部上場企業となる。その後、マネックス・オルタナティブ・インベストメンツ株式会社代表取締役社長、株式会社マネックス・ユニバーシティ代表取締役社長を経て、2011年クレディ・スイス証券プライベート・バンキング本部ディレクターに就任。2013年、株式会社資産デザイン研究所設立。代表取締役社長に就任。一般社団法人海外資産運用教育協会設立。代表理事に就任。

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