文章が書けない…

会社でちょっとしたレポート、日報、アクシデントがあった際の状況報告など自分で文章を書かなくてはいけないシーンは必ずあると思います。ですが、必ずしも全員がその義務を負っているわけではなく、係長とかチームリーダーぐらいしかそれを要求されないこともあります。とすれば多くのその他の社員やスタッフは何かを書くという義務からは長く離れている可能性があります。

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例えば年に一度の会社の自己申告書。かける人は長々と書くでしょう。かけない人は3行書くのに精一杯です。なぜ書けないのか聞いたところ、「書く癖がないから何を書いてよいかわからない」という返事が圧倒的です。

私が所属するNPOではウェブ版のニュースレターがあり、毎月理事が輪番で書くようになっているのですが、書き手からは「忙しいからあと数週間待ってくれ」というリクエストが毎度のように上がります。では数週間待てば何か原稿が来るかといえばそうでもありません。原稿を書く担当者がネタもなし、文章も浮かばずで書けないのです。3行書いてあとは手が止まる、これが典型なのでしょう。

文章を書くのは当然ながら書き慣れることが必要です。昔の人は手紙でやり取りしていましたし、日記を書いていた人も多かったと思います。仕事でも文章を書くのは当たり前でした。特に稟議書などで複雑なものはしっかりした説明が必要でした。最近はプレゼンテーション技術が発達したため、画像でチャートや写真、パワポに表示し、ごく短い単語の羅列などが主流で皆様が読むこのブログのような文章化されたものはそれこそネットニュースや雑誌が主流であり、ましてやそれを自分で書くということはまずなくなってしまったのです。

文章が書けなくなるのは当然といってもよいのでしょう。

私も業務上、Eメールでのやり取りはほとんどが英語で、単語のスペルチェックはしますが、それ以上はしません。また正式なレポートの場合には別紙で数枚の英語にして添付するわけですが、それも今まではスペルチェックしかしませんでした。ところがAIに私の文章をアップし、「ビジネス文章として品の良いものに変えてくれ」と指示すると瞬く間にえっと驚くほど洗練された文章になってしまうのです。先日もスピーチ原稿を自分で作った後にAIに校正してもらったらワァオーという原稿に早変わりです。

ただ、それを見て私は怖くなったのです。ありゃ、こんな便利なものができてこれに頼れば自分の文章能力はもっと落ちるだろうな、と。なので逆にAIに頼らないようにする、あるいはAIに負けないぐらい洗練された文章を作る、AIが判断できないような独自性のある表現力を身に着ける、といった目標ができたのです。

例えばよく指摘される言葉の誤用とか誤字はこのブログをアップロードする前に「湯煎」をするがごとく、さっとAIをくぐらせればそれらの問題は全部解消すると思います。が、ただそれでは私の文章ではなくなるので読み手の皆さんとのコミュニケーションには失礼に当たり、申し訳ないかと。多少、穴ぼこがある文章でも人間味があるほうが悪くないかなと自分で勝手に解釈しております。もちろん、書くときは細心の注意をしている上に読み返しもしているのですが、間違えることはあるし、第三者の目を通して校正や編集をするわけでもないので満足な形にならないこともしばしば。言えることは間違えるということでAIの文章ではないという証明でもあります。

一方でストリーミングで見かけるコメントは数文字でしかも流れるように現れるので果たしてコメントサービスをする意味があるのか私には疑問です。株式掲示板などの書き込みも単語の羅列状態で意図が分からないものが非常に多いのが気になります。むしろ読者には時間をかけてしっかり書き込んでもらうような運営をオンライン事業者は考えてもらったほうが良いのではないかと切に思うところです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年4月26日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。

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