日本のメディアによると、沖縄県名護市の辺野古沖で3月16日、2隻の船が転覆し、平和学習のために乗船していた同志社国際高(京都府京田辺市)の女子生徒と70代の男性船長が死亡した事故が起きた。そしてキリスト教主義の同志社国際高が戦後、左傾化した日本基督教団と深い関係があること、事故の背後に左翼的イデオロギーが大きな影響を与えていたことなどが次々と明らかになってきた。興味深い点は、左翼的傾向の強い日本の大手のメディアが同事故について突っ込んで報じることを避けている印象を受けることだ。

同志社国際高校HPより
ところで、当方は同事故について書くつもりはない。ただ、同事故に関連して「なぜ左翼は平和という言葉が好きなのか」という疑問を改めて強く感じた。このコラム欄で一度テーマ化したことがあったが、「左翼」、「右翼」のルーツ、日本と左翼と海外の左翼の相違などについて、改めて少し考えてみた。
先ず、日本の左翼と海外の左翼では、「平和」という言葉の重点の置き方や、対立軸の立て方に違いがあることだ。日本の左翼が「憲法9条」や「反戦」といった安全保障上の平和をアイデンティティの核とするのに対し、海外の左翼は経済的・社会的な不平等の是正を第一に掲げる傾向が強いことだ。
日本では、第2次世界大戦への反省から「平和憲法(憲法9条)」を守ることが左翼運動の大きな柱となってきた。だから、日本の左翼(リベラル・革新)は、戦後の平和憲法を守る「護憲」が最大の争点となり、政治的な「右・左」は、「憲法9条をどう考えるか」「日米安保をどうするか」という視点から語られることが一般的だ。一方、欧米の左翼は、伝統的に「資本家 vs 労働者」の構図からくる経済的平等(再分配、公共サービスの充実)を最優先とする、平和についても、単なる「非戦」以上に、格差や差別などの「構造的な暴力」をなくすことにエネルギーを注ぐ傾向がある。
日本の左翼は「軍隊を持たず、戦争に関わらないこと」を平和と定義する絶対平和主義に近い立場をとることが多い。そのため、自衛隊の増強や日米同盟の強化は「平和への脅威」と見なす。一方、欧米の左翼は、独裁政権による虐殺や人権侵害を止めるための「平和維持活動」や、時には武力による「人道的介入」を容認・支持することもある。彼らにとっての平和は、必要であれば国際社会が協力して「勝ち取るもの」という側面がある。
日本の左翼は、戦前の国家主義への反省から、国家の権限を縮小させ、憲法というルールで縛ることに重点を置く。そのため、愛国心や国防といった言葉には非常に慎重だ。一方、欧米の左翼は、国民の福祉を支える強い「国家機能」や「公共」を重視し、自国の文化や伝統についても肯定的に捉えることもある。 総括すれば、日本の左翼は「戦争をしない(受動的)」ことに平和の価値を置き、海外の左翼は「不平等をなくし、人権を守るために社会を作り変える(能動的)」ことに平和の価値を置くという違いがある。
次は、「左翼」と「右翼」のルーツ(語源)についてだ。ウィキぺディアによると、「左翼」「右翼」という言葉のルーツは、18世紀末のフランス革命期の議会における「座席の配置」にあるという。1789年に開催されたフランスの国民議会において、議長席から見てどちら側に座るかによって立場が分かれたことが始まりという。議長席から見て右側には、国王の権限を認め、伝統的な社会秩序(王政や宗教)を維持しようとする保守的な勢力(王党派や貴族派など)が座った。ここから、保守・伝統を重視する立場を「右翼」と呼ぶようになった。反対に、議長席から見て左側には、国王の特権に反対し、革命による急進的な改革や平等な社会を求める革新的な勢力(ジャコバン派など)が座った。ここから、改革・平等を重視する立場を「左翼」と呼ぶようになったという。

「磔刑」、画アンドレア・マンテ―二ャ(1431~1506年)
上記の説明は良く知られている。ただ、聖書の「ルカによる福音書」に記された「2人の犯罪者」の記述(右が信仰を告白し、左が罵った)を、右翼・左翼の起源だと考える説がある。また、聖書には「復活したイエスは役事後、天に昇天し、神の右に座った」と書かれている。旧約聖書の「伝道の書」10章2節(コヘレトの言葉)には「知恵ある者の心は右に向き、愚かな者の心は左に向く」と記され、左右がそのまま内面的な正しさを表すメタファーとなっている。「マタイによる福音書」では、救われる者(羊)は「右」へ、呪われる者(山羊)は「左」へ分けられると記述されている。
すなわち、「右」と「左」に価値の差を設ける文化や概念は、フランス革命よりはるか昔から存在していたのだ。多くの文化圏で「右=正義、神聖、優越」「左=不浄、不吉、劣等」という象徴的な意味付けがなされてきた。
その辺の事情について、人工知能(AI)は、「キリスト教や西洋の伝統において、『右』と『左』には古くから象徴的な意味があった。右は『正しいもの』『祝福されたもの』『善』の象徴だった。左は『不吉なもの』『不信心』『呪い』だった。ラテン語で左を意味する sinister(シニスター)は、英語で『邪悪な』という意味になった。このため、当時のフランス議会で、現状維持(王政=神に与えられた秩序)」を望む側が右側に座ったのも、『右=正しい、秩序』という伝統的な価値観が無意識に反映されていた可能性は十分にある」と解説している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年4月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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