資産1億円でFIREは出来ない

黒坂岳央です。

「1億円あればFIREできる・できない」というテーマでSNSが盛り上がっている。結論、1億円FIREは、ごく限定的な条件下を除いて万人に再現性はないと筆者は考える。

もちろん全員が無理とは言わない。中にはボロ家を数百万円で購入し、海外での治験参加で収入を補い、家庭菜園でFIRE生活を送るツワモノもいる。

ここでいう「無理」とは、数学的にFIREを夢見る人全員が、再現性高く満足のいくFIREを実現することは無理という意味だ。物理的に可能でも、精神的に耐えられなければ意味がない。

筆者自身、30代でFIREした立場の肌感覚から言えば、本当にFIREを成立させるには1億円では足りず、3億円程度を株式以外にも分散したポートフォリオで運用することが条件と考える。

持論を述べたい。

Pressmaster/iStock

4%ルールは絶対ではない

FIREの根拠として必ず引用される「4%ルール」はトリニティスタディに由来する。1億円×4%=年間400万円という計算だ。現在の生活費が300万円なら余裕に見える。ただし、この研究を日本のFIREにそのまま適用することには複数の問題がある。

まず、トリニティスタディは1926年から1995年の米国データに基づいており、将来の日本市場にアプライするものではない。そして同研究の試算期間は30年だ。40代以前にFIREした場合、必要な資産寿命は40〜50年に及ぶ。期間が延びるほど資産枯渇リスクは増加する。

さらに日本居住者には譲渡益への約20%課税が発生する。4%取り崩しの利益部分に課税されることで、手取りの実質キャッシュは設計より確実に目減りする。

極めつけは為替リスクだ。円建てで生活しながら米国株中心のポートフォリオを運用する場合、円高と株安が重なれば円換算の資産価値は50%超下落した事例が過去にある。

「そんな暴落、めったに来ないはずだ」という反論があるかもしれないが、コロナショックもホルムズ封鎖も誰も事前に予測できなかったことからも、未来予測など誰にも出来ない。何が起きるか分からないからこそ、何が起きても盤石な体制が必須だ。だが、1億円の資産では盤石ではないという話だ。

4%ルールが想定するリターンは長期平均であり、退職直後に暴落が直撃するシークエンス・オブ・リターン・リスクに対しては無力だ。資産増加フェーズでは暴落は「買い増しの機会」だが、取り崩しフェーズでは「安値で売り続ける強制損切り」に変わる。

そして考えうる最悪のシナリオはスタグフレーションだろう。株価が低迷しながら物価が上昇し続ける局面では、資産は増えないが支出は膨らむ。購買力を維持したまま資産を枯渇させないことは、1億円では数学的に非常に困難になる。

こうした運要素に人生を100%委ねるプランに、万人への再現性があるとは言えない。もちろん、運が良くて勝つ人はいるだろう。だが全員ではない。運要素まで織り込んでこそ、再現性なのである。

生活費を下げる難しさ

「生活費を切り詰めれば大丈夫」という想定には、人間心理への考慮も必須である。

誰しも資産や収入が増えると支出水準は上がる。これは贅沢を覚えるという話ではない。合理的な投資として正当化される支出が増えるのだ。

年齢を重ねれば孤独が辛くなり結婚を考える。家族を持てば子どもの教育環境への投資が始まる。こういった話である。

筆者自身、子どもの教育環境を整えるために最近、引っ越しをして住居のグレードを上げた。自宅の購入直後から含み益が出ているので、長期では合理的な投資だが、毎月の住宅ローンというキャッシュフローの減少は起きている。これは投資の合理的行動の結果、「長期投資で短期的に現金が減る」が起きているということだ。

その他にも、人によっては長期で収入を増やすために、短期的にビジネスへの投資をすることだってあるだろう。つまり、将来上を目指すために今少し資産を使うことは十分あり得る、という文脈で「生活レベルは自然と上がる」ということだ。合理的な人ほどそうする。

もしもそうした後、株の下落やインフレで生活費が圧迫されたたら打つ手がなくなる。株が低迷しているからといって結婚を止めるわけにはいかないし、子どもの受験を延期することもできない。人生のイベントは市場の都合を待ってくれない。

人生のQOLが株式市場の運要素に全振り、というのはとても再現性がある生き方とは思えないのだ。

FIREできる人は常に少数派

FIREという言葉がない時期から、ずっと同じような生き方はあった。

株式のインデックス投資がない時代は「一等地の不動産」くらいだっただろう。今は裾野が広がっていろんな投資スタイルがある。だが、いつの時代も変わらない普遍の真理として、「FIREできるのは少数派」ということだ。

よく「1億円でFIREが無理なら誰ができるんだ」という反論があるが、それは的はずれな意見に思える。いつの時代もFIREできる人は少数派だ。

FIREはあくまで潤沢な労働者が受け皿になって実現できる概念だ。だが現在、労働者不足が顕在化し、世界的にインフレがメガトレンドになっている。また、円安という日本固有の逆風ファクターもある。10年前の1億円の価値は今よりずっと高かった。今後は価値が下がっていくだろう。そうなると、せっかく頑張って溜めた一億円でできる生活レベルは下がり続ける。

つまり、一億円というお金の名目上の数字は同じでも、実質的にできることは減っていく。これはFIREのゴールポストが永遠に動くことを意味する。誰もがFIREを目指せばさらにインフレして、入金力悪化、生活費カバーが難しくなり、FIREのハードルは今より高まる。FIREできる人は今後もずっと少数派であり続けるだろう。

皮肉なことに、20代、30代までにFIREできる人はいつまでも働くし、何もしたくない・労働が苦痛だという人間こそFIREは遠い。結局、FIREは概念としては存在しても、誰の手にも届きにくい不思議なものなのである。

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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