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仕事部屋には、買ったまま開いていない本が積んである。正確に数えたことはないが、たぶん200冊は超える。背表紙だけ眺めて満足している、あれだ。なぜこうなるのか。理由は単純で、「読む前に考えること」を省いているからだ。
『読書思考トレーニング』(中崎倫子著)筑摩書房
書店で、あるいはAmazonで、「お、面白そう」とポチる。届く。机に置く。次の本がポチられる。机が崩れる。床に移動する。山ができる。──このサイクルに、目的という工程が一切入っていない。
二つの問いを、レジに行く前に
本を読む前に、自分に投げかけるべき問いはたった二つしかない。
ひとつ、この本に何を求めているのか。もうひとつ、この本にどれだけ時間を割けるのか。
それだけだ。書店のレジに並ぶ前、あるいは「カートに入れる」を押す前に、この二つを口の中で呟いてみる。それだけで、積ん読の山は半分になる。半分は言い過ぎか。三割減る。いや、ほんとに。
「読書に求めるものは何か」
これは読書の性質そのものを決める問いだ。仕事の企画書のために専門書を斜め読みするのと、休日にミステリーを楽しむのとでは、読み方が違う。当たり前のことを書いているようだが、この当たり前が、本を買う瞬間にはきれいに頭から消えている。
「時間の見積もり」——これがいちばん難しい
二つ目の問い、時間の見積もり。これがくせ者だ。
仕事絡みの読書なら、まだいい。締切が決まっているから、逆算できる。「水曜の会議までに3章まで」みたいに。
問題は、締切のない読書である。
人間というのは、締切がないものに時間を使うのが、絶望的に下手だ。私もそうだ。「いつか読もう」の「いつか」は、永遠に来ない。日々の生活には、家事があり、仕事があり、付き合いがあり、寝不足がある。本を開く時間は、自分で確保しないと、どこにも存在しない。
時間は増やせない。これは経済学者が言おうが哲学者が言おうが変わらない、宇宙の冷たい事実だ。だから、読み始める前に「この本に3時間」「この本に2週間」と、勝手に締切を引いてしまう。
目的を書いた瞬間、本は道具に変わる
少し前、ある若手編集者と話していて、こんなことを言われた。
「目的を持って読むと、本が楽しくなくなりませんか」
逆だ、と答えた。
目的を持たずに読んだ本は、読み終わった瞬間に蒸発する。何が書いてあったか、三日後には覚えていない。読書の楽しさとは、本の中身が自分の中に積もっていく感覚のことだ。目的のない読書は、ザルで水を汲む作業に近い。手は濡れる。でも、何も残らない。
逆に、「この本からこれを得たい」と一文書いてから読み始めると、同じ一冊が別物に見える。線を引く場所が変わる。読み飛ばすページが見えてくる。読み終えたあとの満足感が、桁違いに大きい。
「なぜ読むのか」を決められない人へ
ここまで書いておいて、ちゃぶ台を返すようだが──「なぜ読むのか」が、すぐに言葉にならなくても、別にいい。
「なんとなく気になった」でも、それは立派な目的だ。気になった理由を、本を読みながら探すという読み方もある。私は意外とこれが好きだ。
ただ、「なんとなく」のまま積み上げるのは違う。せめて、開いてみる。最初の10ページを読んでみる。そこで「あ、これだ」が来れば、続ける。来なければ、閉じる。閉じる勇気も、読書には要る。
何を読むかを決める前に、なぜ読むのかを決める。順序はこれだけだ。逆にしないだけで、読書は驚くほど自分のものになる。
──と、書いている横で、また新しい本が届いた。あ、これも目的なしで買ったやつだ。人のことは言えない。
※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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23冊目の本を出版しました。日本初のClaude実用書です。
『3時間で身につくClaude活用術』(WAVE出版)









コメント
30になった夏の暑い日
私は駅前の本屋にいた。
当時世の中は自分探しブームだった。
例にもれず この私も心理学フェアとか
手に取った。
「こんなもん読んだって何も変わらない!」
そう毒づいて海原純子さんの本を数冊買った。
「私の本を代理母にすればいい」
自分の心にウソをつかない。
その時から長い探求がはじまりました。
すべての終わりとはじまり。…