プラティノ賞を政争に巻き込んだシェインバウム大統領
メキシコを訪問していたスペイン・マドリード自治州のイサベル・ディアス・アユソ州首相が、予定していた滞在を切り上げて帰国する事態となった。
プラティノ賞は、イベロアメリカの映画・テレビ作品を対象とする国際的な賞である。2024年から2027年まで、メキシコのキンタナロー州とマドリードで交互に開催されることになっており、2024年はメキシコのリビエラ・マヤ、2025年はマドリード、2026年は再びリビエラ・マヤ、2027年はマドリードで開催される予定である。
アユソ氏は今回、このプラティノ賞に関連してメキシコを訪問していた。滞在中にはメキシコ国内の各地を訪問する予定だったが、シェインバウム政権との対立が表面化し、旅程を途中で打ち切ることになった。
背景にあるのは、アユソ氏の政治的立場である。同氏はスペイン右派を代表する国民党の有力政治家であり、スペインによるメキシコ征服をめぐる歴史認識でも、シェインバウム大統領とは大きく異なる立場を取っている。アユソ氏は、ヘルナン・コルテスによるアステカ征服を一方的な虐殺や略奪としてのみ描く見方に批判的であり、スペインとメキシコの歴史的な結びつきを強調してきた。
一方、シェインバウム大統領は、ロペス・オブラドール前大統領の歴史認識を引き継ぎ、スペインによる征服と植民地支配を先住民への抑圧として批判している。この歴史認識の対立が、プラティノ賞をめぐる騒動に火を付けた形である。

メキシコ クラウディア・シェインバウム大統領
同大統領インスタグラムより
スペイン王室への謝罪要求が生んだ歴史認識対立
ロペス・オブラドール前大統領とシェインバウム大統領は、いずれもスペインによるメキシコ征服を批判し、スペイン王室に謝罪を求めてきた政治家である。
特にロペス・オブラドール氏は2019年、スペイン王室とローマ教皇に対し、征服と植民地支配の過程で先住民に加えられた被害について謝罪するよう求めた。シェインバウム氏もこの姿勢を基本的に継承しており、スペイン王室との関係は一時、外交問題にまで発展した。
ただし、歴史を単純な「加害者スペイン、被害者メキシコ」という構図だけで捉えるのは危うい。アステカ帝国の崩壊には、コルテス率いるスペイン勢力だけでなく、アステカに従属していた現地勢力の反発も大きく関わっていた。スペイン勢力が現地の諸民族との同盟を利用したことは、征服の重要な要素である。
また、征服後の新スペインでは、カトリック修道会による教育活動も展開された。ただし、コルテスに同行したのはイエズス会ではない。イエズス会がメキシコに到着したのは1572年であり、コルテスによるアステカ征服より半世紀ほど後のことである。初期の布教・教育で大きな役割を果たしたのは、主にフランシスコ会などであった。
さらに、王立・教皇メキシコ大学は1551年に創設されている。これは1636年創設のハーバード大学より80年以上早い。メキシコの高等教育の歴史は、米国よりも古いのである。
現在でも、スペインとメキシコの経済関係は深い。スペイン企業はメキシコに幅広く進出し、金融、通信、エネルギー、インフラなどで大きな存在感を持っている。スペインはメキシコにとって重要な投資国のひとつであり、両国関係を歴史問題だけで語ることはできない。
それにもかかわらず、過去の出来事を現在の政治対立に持ち込み、相手国を一方的に断罪する手法は、左派ポピュリズム政権によく見られる政治手法である。歴史を検証することと、歴史を政争の道具にすることは別問題である。
アユソ氏排除をめぐる疑惑と対立
今回の騒動で最大の焦点となったのは、アユソ氏がプラティノ賞に出席できなくなった経緯である。
アユソ氏側は、シェインバウム政権がプラティノ賞の主催者側に圧力をかけ、アユソ氏が出席すれば会場となる施設を閉鎖する可能性があると示唆したと主張している。これが事実であれば、外国の自治州首相に対する露骨な政治的妨害であり、外交上も極めて異例の対応である。
一方で、会場側のXcaretは、メキシコ政府からの脅迫や指示はなかったと説明している。同社は、アユソ氏の発言によって映画賞が政治利用されることを避けるため、招待の取り消しを求めたとしている。
つまり、この点については双方の主張が対立しており、現時点で「シェインバウム大統領がホテル封鎖を脅した」と断定することはできない。ただし、アユソ氏の訪問がメキシコ国内で強い反発を呼び、複数の行事で抗議や妨害が起きたことは事実である。
アグアスカリエンテスでの行事では、Morena所属の地方議員がアユソ氏の出席する式典を妨害する場面もあった。もともとは水問題をめぐる抗議だったとされるが、結果としてアユソ氏の訪問は、メキシコ国内の与野党対立と歴史認識問題を一気に噴出させる場となった。
アユソ氏は最終的に、これ以上の滞在は困難だと判断し、予定を切り上げて帰国した。プラティノ賞は本来、イベロアメリカ文化の交流を象徴する場であるはずだった。しかし今回は、映画賞そのものよりも、歴史認識と政治対立ばかりが注目される結果となった。
左派ポピュリズム政権の漂流
シェインバウム大統領の任期は2030年までである。しかし、今後の政権運営が順調に進む保証はない。
メキシコでは、麻薬組織の影響力、治安悪化、政治家と犯罪組織との関係をめぐる疑惑が深刻化している。米国も麻薬組織対策でメキシコへの圧力を強めており、シェインバウム政権は対米関係と国内政治の板挟みに置かれている。
かつてメキシコでは、PRIが長期にわたり政権を支配した。その後、PAN政権、PRI復帰を経て、2018年にロペス・オブラドール氏が登場し、左派ポピュリズム色の強い政権が誕生した。シェインバウム氏はその後継者であり、現在のMorena政権はロペス・オブラドール路線を引き継いでいる。
しかし、麻薬組織をめぐる疑惑、治安悪化、米国からの圧力、そして今回のような歴史認識をめぐる外交的摩擦は、政権の安定性を損ないかねない。アユソ氏訪問をめぐる騒動は、単なる一政治家の訪問中止ではない。シェインバウム政権が、国内向けの歴史政治と国際関係の現実との間で揺れていることを示す象徴的な出来事である。







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