黒坂岳央です。
SNSを眺めていると、地方移住に関する投稿は否定的な物が多い。よくあるのが東京を基準に「東京にあるこれがない」「東京より劣っている」と並べ立てる、いわば東京マウント型の否定論だ。
筆者は大阪生まれ、シカゴ留学、東京勤務を経て30代半ばでいきなりド田舎に移住し、現在引っ越しをしたが地方在住である。
人生前半で都会で過ごし、後半を田舎に住んだ立場から言わせてもらうと、SNSの「田舎像」はかなりの部分が風評被害に近い。

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誤解「人間関係がドロドロで監視社会」
田舎といえば「よそ者への排他性」「噂話が飛び交う閉鎖社会」というイメージがSNSでは定番だ。だが筆者が実際に住んでいた熊本の農村地帯では、そんな体験は一度たりともなかった。
自分が付き合っていた近所は農家や酪農家の子育て世代ばかり。誰もが朝から晩まで自分の仕事と家族で手一杯で、とても他人に干渉している暇などない。むしろ「移住すると、積極的な助け合いコミュニティがあるかも」と思っていたが、あまりの個人主義ぶりに拍子抜けしたくらいだ。
園の保護者で連絡を取り合うグループLINEも、最低限必要な連絡事項以外は一切投稿がない。若い世代は極めて合理的にツールを使っていて、「田舎は過干渉」というSNSの妄想と現実は真逆である。
監視社会的な閉塞感は、高齢者が密集した過疎集落では確かに存在するだろう。だがそれを「田舎全体の話」として一般化するのは無理がある。そしてそれをいうなら、東京にいるおせっかいな老人もいる。つまり、場所の問題というより世代の問題なのだ。
若い子育て世代の人間関係の濃度は、都市の住宅地と何も変わらない。「田舎は閉鎖的」という話は、高齢過疎地という特殊条件を田舎全体に投影した誤りだ。
誤解「仕事がない」
「田舎には仕事がない」は一見正しく見えるが、一昔前の古い感覚に思える。この批判が成立するのは、就労=現地の雇用市場に依存するという前提のもとだ。
もちろん現地雇用に依存する職種には当てはまらない話だが、リモートワーク可能な職種であれば、東京の収入を地方の生活コストで使えるという構造は珍しくない。
筆者自身もそうだし、周囲には東京や大阪の企業とリモート契約で働くエンジニアや専門職が普通にいた。コロナ以降その傾向は加速している。
東京の給与水準を維持しながら、家賃や食費が3割から5割安い地域に住む。東京で5億円で売られている物件を地方だと1億円くらいで豪邸のような家を買えてしまう。これは収入の実質的な増加に等しい。
「仕事がない」という批判は、現地採用にしか頭が向いていない人の発想だ。むしろ、東京でリモートワークをしても、高すぎる生活費でトータルでは大きな損失になる。自分からすると「東京は仕事の量と質はあるが、利益が小さい」で反論できると思っている。東京でよほど高い年収を得るのでないなら、地方でリモートワークする方が手残りは多くなりやすい。実際、自分はそうしている。
誤解「娯楽がない」
これは「誰にとって」という条件が抜けている話だ。確かに現実として東京は娯楽の宝庫であることは間違いない。大きなイベントで全国展開をするにも、自分がいた熊本は度々飛ばされ、大阪や福岡行きが余儀なくされる。
そして受動的な娯楽で独身の20代であれば、コンサート、クラブ、深夜まで開いている飲食店、膨大な選択肢の中から暇を潰す手段を選ぶ生活は、確かに田舎では成立しない。その層には地方移住は向いていないと正直に言うべきだ。筆者も20代の会社員時代、田舎ではなく東京を目指した。
だが家族を持つと、娯楽の定義が根本から変わる。週末に家族でライブに行く機会は激減し、代わりに求めるのは「ワンストップで用事が済むイオンモール」だ。子供を連れて大型商業施設で半日過ごすことが最大の娯楽になる。
よく「田舎はイオンモールしか娯楽がない」と下に見られがちだが、育児をするようになり、人生経験を重ねるといつまでも受動的な娯楽で自分自身だけを楽しませる生活は年齢的に厳しくなってくる。
人生の主役が自分から子供へ変われば、子供が喜ぶ場所はアリーナ会場より、走り回れる自然やイオンモールの方がありがたいのが現実だ。
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結局、個人の適応力の問題に尽きる。もちろん、田舎にはメリットもデメリットもある。だがそれは東京との優劣の問題ではなく、自分のライフステージと収入構造に合っているかどうかの適合性の問題だ。
SNSに溢れる東京マウント型の否定論は、その適合性の議論を丸ごと飛ばして「田舎は劣っている」という結論だけを流通させている。
だが、見方を変えれば「逆に東京はここが劣っている」というカウンターなどいくらでもできる容易いテーマなのだ(あえてそんな不毛で稚拙な議論をするほど若くないが)。
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