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医大生からの女医インフルエンサーが炎上、あるいは物議を醸した。旧医科歯科大卒だから若手医師の中でも優秀、卒後2年の初期研修を終わったところでのインフルエンサー活動再開のようだ。
問題はその投稿内容、映え狙いは当たり前の話だが、
「どの科にいっても高齢者医療がメイン」
「ひとつ病気を治してもすぐまた次の病気が出てきて心が追いつかなかった」
「どれだけ注意しても生活習慣を変えてもらえない」
「実際ご本人の努力が見えないっていうところが、むなしかった」
「医療の力で長生きを実現することは、本当に人々を幸せにしているのかと自信を持てなくなった」「保険診療医の働き方は自分には合わない」
このあたりの言質が炎上・物議の原因のようだ。そして専門医や総合医を目指すことなく、最近問題の「直美」、つまり美容外科に直行したという。
「キラキラ好み」「楽してる逃げてる」などと批判されているが、筆者の30年近い臨床経験からすると、案外わが国医療、特にバラマキ老人医療の現実と問題や矛盾を如実に赤裸々に語っていて、当を得ているとも感じる。
正直、一概に批判はできないし、するべきでもないと思える。なぜ優秀な若手の彼女が臨床に背を向けたのか真摯に考えなければ、わが国医療は土台から崩壊を始める。いや、すでに「きつい」と知られる外科医・産科医は志望者が減少し、高齢化し、看護師は少子化とはいえ志望者が減っている。
筆者が最後に病院病棟勤務してからすでに十数年になるが、超高齢化がまだ進行途上だった2000年代初期ですら、急性期病院ですら入院患者の大半が寝たきり老人だった。各科混合の病棟だったし、他病棟の手伝いもたまにあったが、どこへ行っても老人ばかり、寝たきりばかり。「急性期病院も老人病院、療養型病院と大差ないのでは」と実際に思った。
そしてそのような老人たちは、退院しても自宅に帰れる人の方が少ない。介護施設か長期入院できる療養型病院か老人保健施設に転院していく。親しくしてくれた整形外科部長はいつも「骨折したら歩ける人は杖に、杖の人は車椅子になる」、家族には「なので介護施設を探しておいてください」と言っていた。
その後、筆者は訪問看護に戻り、さらに介護施設長を経て、この10年ほどは内科系外来に在籍している。その過程の中で、訪問看護で伺う患者宅が、年々汚くなっていく、ゴミ屋敷が増えている、老々介護、老人独居になり衣食住のセルフケアができなくなっていくのを見た。
また、高齢者自身のメンタリティにも変化を感じた。明治・大正の人は動けなくなっても気はしっかり、凛としたところがあったが、特に戦後世代は「だらしない、依存的」な自立に欠ける人が増えた印象が強い。権利意識ばかりで自立努力、その責任感に乏しい人が多い。特に生活保護だとそうだ。これは病棟にいても感じていたことだ。
そして、要介護になってしまったら、認知症になってしまったら、ほとんどの場合、回復改善はしない。スピードの差だけで、死への一方通行だ。認知症の場合は平均5年前後、全体としてのいわゆる平均寿命と健康寿命の差は男性約7年、女性約12年、これが要介護期間にほぼ相当する。自分の力だけで生きられない、自分らしく好きには生きられない時間である。
ならば、要介護化、認知症を予防し、「ピンピンコロリ」をできるだけ目指す医療こそが重要で必要ではないか。だから筆者は、地域医療の最前線、医療の窓口である「かかりつけ医」、内科系外来に在籍している。
筆者は卒後5年で訪問看護ステーションを新設、所長となり、介護保険制度立ち上げに際し横浜市介護認定審査委員を拝命した。異例の若さでの実績だったが、一度臨床を離れ、知人の縁で遺伝子治療実現を目指し、先端バイオ創薬ベンチャーで取締役となっている。問題が発生し、引責辞職させられたためだ。
それでも臨床に戻ったのは、辞め際に挨拶に行った看護協会の相談員、母校大学病院の元師長が「必ず臨床に戻りなさい」と言ってくれたこと、医療を志した動機のひとつが、子どものころ世話になったかかりつけ医というロールモデルがあったこと、要するに医療に向かう衝動が、ベンチャーを転々するより強かったからだけに過ぎない。
その意味で彼女は、臨床への強い動機、衝動を与えてくれる善きロールモデル、指導者、先輩あるいは臨床体験に恵まれなかったのではとも思える。初期研修2年は最低限の実務研修や専門適性と進路の見極めができるかどうかで非常に多忙なはずである。各科を数カ月でローテーションするので、よほど恵まれないと頼れる先輩やロールモデルに出会うことは難しいと思う。
かつて日本海軍を世界最強にした山本五十六は「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」とロールモデルと教育指導の重要性を言い残している。ところが医療現場は、今もただ厳しく叱るばかり、自分で勉強しろと突き放すばかり、厳しいことは良いことだ、というクウキが蔓延している。今どきの若い子はちょっと無理かもしれない。
しかし、わずか2年でわが国医療の老化、老害を見切った彼女は、問題意識とセンスに恵まれているとも言える。直美した医師が、厳しい売り上げ・営業ノルマや訴訟リスクに疲弊し、臨床に戻る人もいると聞く。そもそも本当に一生美容外科で良いのか、医師として満足できるのか。彼女や直美した医師が、それに気づき臨床に戻る日を、筆者は心待ちにしたい。
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