国民皆保険は誰の金庫か:社会化された損失、私有化された利益(後編)

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前稿では、超高額薬の支払いの99%が保険料と税で賄われ、上場バイオベンチャーの株価が公的医療保険のキャッシュフローへの期待を織り込んで形成されており、薬事審議会の利益相反規程は構造的な利益相反を捕捉できない——という事実上の背任構造を見た。

国民皆保険は誰の金庫か:社会化された損失、私有化された利益(前編)
前々稿と前稿で示したことを整理する。日本の医療保険には、低価値医療を排除する出口がない。費用対効果評価は「払わない」ためではなく「払うが値下げする」ための制度として運用されている。条件付き期限付承認のもとで結論が出た2例は、いずれも失敗確定...

ここまでは、保険料納付者と税負担者の損失の話である。

だが、この構造には、もう一人の被害者がいる。患者本人である。先端医療を受けた患者は、希望を提示され、侵襲的処置のリスクを引き受け、医療資源を個別投入された結果、効果のなかった治療の記憶だけを残されることがある。

これは、第三の搾取である。

ただし、最初に明確にしておく。これは患者の選択を否定するものではない。患者は重い疾患と向き合い、希望をもって治療を選んだ。その選択は尊重されるべきものである。本稿で問うのは、その希望を支える情報基盤に、構造的な歪みがなかったかである。

ハートシート49例で何が起きたか

ハートシートは、世界初の心不全治療用再生医療等製品として2015年に条件及び期限付承認された。1回の治療費は約1,500万円。8年間の販売期間中、49例の使用成績調査が確認されている。

これらの患者は、虚血性心疾患による重症心不全患者である。NYHA心機能分類III度またはIV度、安静時左室駆出率35%以下という、生命予後の厳しい状態にあった。標準治療で効果不十分とされた患者である。

これらの患者がハートシートを受けたとき、何が起きたのか。

患者は、自らの大腿部から骨格筋を採取された。培養された細胞シートを、開胸手術によって心臓表面に移植された。2回の手術と入院、長期の経過観察を受けた。1人あたり約1,500万円の医療資源が個別投入された。

そして2024年7月、薬事審議会は本承認を「適切ではない」と結論した。主要評価項目である心臓疾患関連死までの期間について、ハートシート群の優越性は示されなかった。対照群との比較ではハザード比1.9という結果だった。

つまり、ハートシート群のほうが対照群より、心臓関連死のリスクがおよそ2倍高い可能性が示された。

確定的な結論ではない。外部対照との比較であり、症例数は限られており、傾向スコアによる調整を経てもなお両群の比較には限界があると、PMDA自身が認めている。だが、有効性は示されず、安全性の観点からもベネフィット・リスクは許容可能とは言えない、というのが審議会の判断だった。

ハートシートを受けた患者たちは、何を得たのか。

希望を提示された。世界初の再生医療を受けたと説明された。日本発技術の象徴的患者として、報道で扱われた。そして8年後、その治療には対照群を超える有効性がなかったこと、むしろ死亡リスクが高い可能性が示されたことを知らされた。

その間、これらの患者には別の選択肢があった可能性がある。心臓移植の適応評価をより早く受けること、植込型補助人工心臓の装着を検討すること、緩和ケアへの移行を考慮すること——。これらの治療選択肢は、ハートシートを受けたという事実によって、時間的・心理的に影響を受けた可能性がある。

少なくとも、患者と家族は、他の治療選択肢との比較、待機期間、生活設計、緩和ケア移行のタイミングについて、重い機会費用を負いうる立場にあった。これは経済学が言う「機会費用」だが、医療においては患者と家族の人生選択そのものに関わる重い問題である。

7例の治験データで承認された治療

アムシェプリは、ハートシートとは別の角度から、同じ問題を提示する。

アムシェプリの承認の臨床的根拠の中核となった医師主導治験は、京都大学医学部附属病院で実施され、Nature誌2025年4月17日号に掲載された。被験者は50〜69歳のパーキンソン病患者7名である。1人につき500万個または1,000万個のドパミン神経前駆細胞を、脳内の被殻に両側移植した。

7例。これが、5,530万6,737円の薬の保険適用を支える臨床的根拠の中核である。もちろん承認審査では非臨床、製造品質、安全性、既存知見なども総合的に評価されている。だが、ヒトでの有効性評価の中核は、この7例である。

このうち、有効性評価の対象となったのは6名である(1名は安全性確認のみ)。MDS-UPDRSパートIIIのオフスコアで改善を示したのが4名。3名は30%以上の改善という著効を示した。最高齢の69歳の症例は無効だった。

治験責任医師である高橋良輔・京都大学総合研究推進本部参与特定教授は、承認会見でこう報告した。「iPS由来ドパミン細胞の安全性と有効性が確認された。若い患者で著効を示した」と。

確かに、安全性は7例で重篤な有害事象なしと確認された。腫瘍性増殖もみられなかった。これは重要な結果である。

しかし、有効性について7例で何を言えるのか。

統計学的に有意な結論を導けるサンプル数ではない。最高齢の患者は無効だった。著効を示したのは56歳、61歳、62歳の若い患者である。パーキンソン病患者の多くは高齢者であり、治験対象とは異なる。市販後にアムシェプリを受けるのは、より広い年齢層、より重症の患者、より多様な背景を持つ患者である。

7例で示唆された有効性が、これらの市販後患者にも当てはまるのか。当てはまらない可能性は、十分にある。

そして、もし市販後の検証で有効性が確認できなかった場合——ハートシートやコラテジェンと同じ道をたどった場合——その間にアムシェプリを受けた患者たちは、何を得たことになるのか。

侵襲的な脳内移植手術を受けた。免疫抑制剤を投与された。5,530万円相当の医療資源を個別に投入された。そして、効果は推定にすぎなかった、という結論を知らされる。

その間、彼らはレボドパ療法の調整、深部脳刺激療法(DBS)の検討、リハビリテーション、緩和的アプローチといった他の選択肢にアクセスする時間と機会を、部分的に失っていた可能性がある。

不確実性が開示されない希望は絶望となりうる

ここで、アクーゴが提示する問題はさらに深い。

アクーゴは、慢性期外傷性脳損傷の患者に対する治療である。慢性期とは、受傷後6ヶ月以上経過し、機能障害が固定した段階を指す。この段階の患者は、それまで「自然回復は望めない」と医師から告げられ、生涯にわたる運動麻痺を前提に、リハビリテーション、介護体制、住居・職場の改修、家族の生活設計を整えてきた人々である。

そこに「世界初の脳を再生する治療薬」が登場する。希望が提示される。

これは医学的には侵襲的な処置である。定位脳手術によって、培養された他家骨髄由来間葉系幹細胞を脳内に移植する。1回7,271万円。

問題は、この治療の有効性が、市販後7年間で確認されるかどうか、現時点では誰にもわからないことである。

慢性期の患者と家族にとって、希望の管理は、治療そのものと同じくらい重要である。回復しないことを前提とした生活設計を構築することは、心理的にも実務的にも長い時間をかけた作業である。そこに「もしかしたら回復するかも」という希望が再び入り込むことは、その生活設計を一時的に動揺させる。

もし7年後、アクーゴが本承認に至らなかった場合——ハートシートやコラテジェンと同じく薬価削除されたとき——患者と家族は何を経験するのか。

二度目の喪失である。一度目は受傷時、二度目は治療の失敗確定時。一度目の喪失と向き合い、生活を組み立て直した労力が、再び問われ直すことになる。

不確実性が十分に開示されないままに提示された希望は、それ自体が侵襲となりうる。これは生命倫理学が「false hope(偽の希望)」と呼んできた概念である。患者を欺くつもりがなくとも、確度の低い見通しを確度の高いものとして提示すれば、それは結果的に患者を欺いている。問題は、医療資源と手術リスクではない。患者の人生の時間軸そのものに対する侵襲である。

そして、その侵襲のコストを誰が負担するのか。患者本人と家族である。失敗の補償はない。

これがハートシートで起きたことであり、アクーゴ、アムシェプリ、エレビジスでこれから起きうることである。

三重の搾取

整理する。

第一の搾取は、保険料・税の逆再分配である。5,530万円のうち、患者本人が直接払うのは数十万円であり、残り99%は保険料納付者と税負担者が引き受ける。失敗確定後も、それまでの保険給付は返還されない。

第二の搾取は、構造的利益相反による事実上の背任である。製薬企業の株式を保有しうる薬事審議会委員、京都大学の複数役割、厚労省OBの天下り——これらは現行法では捕捉されないが、構造として保険料納付者の不利益で関係者の利益を実現している。

第三の搾取は、患者本人への被害である。患者は希望を提示され、侵襲的処置のリスクを引き受け、医療資源を個別投入された結果、効果のなかった治療の記憶を残されることがある。機会費用、不確実性の開示不足、二度目の喪失——これらは患者と家族が引き受ける。

これら三つの搾取を、一つの言葉でまとめれば、こうなる。

社会化された損失と、私有化された利益。

2008年の金融危機で、銀行救済のために用いられた構造である。リスクは公的部門に外部化され、リターンは民間に内部化される。違いは、銀行救済が事後的な処置だったのに対し、条件付き期限付承認下のバイオベンチャー育成は、最初から制度として組み込まれていることである。

これは医療政策ではない。金融資本主義による国民皆保険の収奪である。

政策提言——言い切る

ここまで描いた構造を踏まえて、政策提言を行う。

第一に、薬事承認と保険償還を制度的に分離する。NICEのような独立機関による医療技術評価(HTA)を設置し、保険償還の可否を独立に判断する仕組みを作る。承認された薬を国民皆保険が自動的に抱え込む構造を、根本から見直す必要がある。

第二に、費用対効果評価を価格調整ではなく償還可否判断に用いる。1QALYあたりの閾値を明確に設定し、それを超える薬は原則として保険償還しない。例外を認める場合は、別財源(研究枠、特別基金、保険外併用療養)に逃がす。

第三に、条件付き期限付承認下での売上に対し、企業に「失敗時保険」を供託させる。7年の期限内に本承認に至らなかった場合、それまでの保険給付の一定割合を返還する仕組みを制度化する。VCのリスクは、公的保険ではなく、VC自身に内部化されるべきである。

第四に、利益相反規程を抜本的に強化する。米国FDA水準として、所属機関経由の間接的利益も対象とし、参加例外(waiver)を公開し、違反に刑事罰を設ける。研究機関が、治験実施・承認権威付け・国費受益・知財保有という複数の役割を同時に担う場合の透明性を制度的に担保する。厚労省・PMDA職員の関連企業への天下りについて、退職後5年間の禁止規定を設ける。

第五に、患者への完全な情報開示を義務化する。条件付き期限付承認下の治療を受ける患者に対し、「これは7年以内に効果が確認できなければ薬価削除される可能性があり、過去の同種承認2例はいずれも失敗確定で薬価削除されている」という事実を、文書で説明することを義務化する。インフォームド・コンセントの基本である。

これらは現行制度の微修正ではない。制度の根本的設計変更である。

結論——保険料納付者は何を払っているのか

国民皆保険は、本来、相互扶助のための制度である。健康なときに保険料を払い、病気のときに給付を受ける。世代間で、所得階層間で、リスクをプールする。これが原型である。

条件付き期限付承認下のバイオベンチャー育成は、この原型から逸脱している。健康なときに保険料を払い、病気の他者の治療給付ではなく、バイオベンチャーのExit原資を提供する。リスクはプールされず、関係者に偏在的に分配される。

患者は「治療を受けている」と思っている。だが構造を見れば、彼らはバイオベンチャー育成の臨床的検証の一端に動員されている。違いは、本来の治験参加者には補償と十分な説明があるのに対し、条件付き承認下の患者には、希望という名のフレームしか与えられないことが起こりうることである。

保険料納付者は「医療費を払っている」と思っている。だが構造を見れば、彼らは公的医療保険を担保にしたベンチャー投資環境の出資者である。違いは、本来のベンチャー投資家がリスクを承知でリターンを狙うのに対し、保険料納付者は自分が出資者として動員されていることを知らないことである。

問われているのは、先端医療の是非ではない。先端医療を、誰のリスクで、誰のリターンに転換する制度として運用するか、である。

iPS細胞は国策である。再生医療は国策である。これらを否定する必要はない。だが、国策産業の育成費用を、国民皆保険のキャッシュフローに転嫁することは、医療保険の制度趣旨から逸脱している。

VCのリスクは、社会保険ではなく、VC自身が引き受けるべきである。研究開発費は、国民医療費ではなく、国費・民間資本・寄附で賄うべきである。承認された薬がすべて自動的に国民皆保険に組み込まれる構造は、独立HTAによって切断されるべきである。患者は、希望ではなく、事実を提示されるべきである。

これは医療政策の問題である。だがそれ以上に、誰が誰のリスクを引き受け、誰のリターンを実現するかという、富の再分配の問題である。拙稿では医療モールの証券化問題も論じた。

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国民皆保険は、誰の金庫であるべきか。

その問いに答えないまま、五千万円、七千万円、三億円の薬は、今日も保険に組み込まれ続けている。

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