
Bill Chizek/iStock
トランプ大統領が発した「他国が核実験を行っている」「米国も核実験を再開すべきだ」という発言は、単なる政治的パフォーマンスではない。これは、冷戦期の悪夢——核実験競争と核軍拡の再来——を現実のものにしかねない危険な号砲である。しかも、その前提となる「史実」そのものが、トランプ大統領の中で根本的に誤解されている可能性が極めて高い。
私は過去、ネバダ州の核爆発実験場を現地で取材し、核爆発が大地をえぐり取った巨大クレーターの縁に立った。さらに、核爆発を伴わない「臨界前実験(サブクリティカル・テスト)」の現場にも、地下数百メートルまでエレベーターで降り、実験施設の内部を自らの目で確認した。そこでは、核爆発こそ起こさないものの、核兵器の信頼性維持や新型核兵器の開発に直結する高度な実験が、今も途切れることなく続けられている。
私はCTBT(包括的核実験禁止条約)の国際会議にも参加した経験がある。そこで痛感したのは、CTBTが「核爆発実験」を抑え込む上で一定の政治的・道義的な意味を持つ一方で、核兵器開発そのものを止める枠組みでは決してないという冷徹な現実だ。
米露中をはじめとする核保有国は、条約の「盲点」を巧妙に突き、臨界前実験やスーパーコンピュータによるシミュレーションを駆使して、核戦力の維持・高度化を着実に進めている。
ニューヨーク・タイムズの記事構造を読み解くと、トランプ発言の危険性は4層で浮かび上がる。
① 発言の事実関係そのものが不正確であること
② トランプ政権の核政策が「核兵器の再活性化」を志向してきたこと
③ ロシア・中国の核実験「疑惑」は、核爆発ではなく臨界前実験の可能性が高いこと
④ そして、その余波が最も深刻に降りかかるのが日本であること
まず、トランプ大統領の「他国が核実験をしている」という主張は、事実と整合しない。
冷戦後、米国は大規模な核爆発実験を停止し、臨界前実験へと完全に移行した。その現場を直接取材しているが、そこでは核爆発こそ起きないものの、核兵器の性能向上に直結する精密な実験が日常的に行われている。ロシアや中国も同様で、「核爆発実験を再開した」という確たる証拠は存在しない一方、臨界前実験や新型兵器の開発は確実に進んでいる。
つまり、トランプ大統領は「核爆発を伴う実験」と「臨界前実験」という技術的に全く異なる現実を混同している可能性が高い。この誤解こそが、国際社会にとって最大の不安材料である。
私は昨年、パリに1カ月滞在し、欧州の安全保障関係者や研究者に取材した。そこで明確に感じたのは、欧州がすでに「ポスト・アメリカ」の核抑止を現実的に議論し始めているという事実だ。
トランプ政権下で「米国の核の傘は永続的に信頼できるのか」という疑念が広がり、フランスと英国が主導する形で、欧州独自の核抑止力強化の議論が急速に進んでいる。ドイツもこれまでのタブーを破り、核共有の拡大や欧州核抑止の枠組みに関心を示し始めた。最近ではノルウェーもこの議論に参加し、NATO内部での核協力の再編が現実味を帯びている。
欧州はNATOという制度的枠組みを持つため、核抑止の共同運用や政治的調整が可能である。つまり、欧州は「米国依存からの段階的脱却」を現実的な選択肢として動き始めている。
では、日本はどうか。フィリピンとの防衛協力が進み、南シナ海・台湾周辺での連携が強化されつつあることは確かに前向きな動きだ。しかし、欧州が核抑止を含めた「総合的な自立」を模索しているのに対し、日本は依然として米国の核抑止力に全面的に依存している。自国の防衛努力は限定的で、核抑止の議論は政治的タブーのままだ。
世界が不安定化すればするほど、日本は「他人任せの安全保障」から脱却し、自らの防衛力と戦略を現実的に再構築せざるを得ない段階に来ている。問題は多々あるが、現実として、トランプ政権の米国と協力し続ける必要性はむしろ高まっている。米国の核抑止力を維持しつつ、自国の防衛力を強化し、地域の同盟国との連携を深める——その両輪がなければ、日本の安全保障はもはや成立しない。
ネバダ州の核実験場で見た光景、地下深くで行われる臨界前実験の現場、そしてCTBTがかろうじて支えてきた「核爆発なき時代」。それらを知る者の目から見れば、トランプ大統領の発言は単なる政治的レトリックでは済まされない危険な兆候である。欧州がすでに「核の自立」へと動き始めている今、日本もまた、現実を直視し、自らの安全保障戦略を抜本的に見直す時期に来ている。
【政策提言】
① 日本は米国依存の一本足打法から段階的に脱却し、核抑止を含む安全保障の選択肢を「議論可能な状態」に戻すべきである。
すぐに核保有を目指すという意味ではない。むしろ、対米・対中外交を進める上で、「核抑止をどう位置づけるか」をタブー視せずに検討できる国家であること自体が、外交カードとなる。
② 欧州のように、同盟国との「核を含む安全保障協力」を制度化する議論を開始すべきである。
欧州では英仏が主導し、ドイツが関心を示し、ノルウェーも参加し始めた。NATOという制度的枠組みがあるため、核抑止の共同運用が現実的に議論されている。日本も、核共有や共同抑止の議論をタブー視せず、制度的選択肢として検討すべきである。
③ フィリピンなど地域パートナーとの協力を深化させ、東アジア版の「多国間抑止」を形成すべきである。
南シナ海・台湾周辺での協力は前進だが、まだ不十分である。さらに、距離はあるが、可能であればNATO各国とも共同防衛につながる協力を模索し、「欧州とアジアの抑止ネットワーク」をつなぐ努力を進めるべきである。
どこの国とも仲良くは原則「正論」だが、最近のロシアへの接近は時機尚早だろう。NATOとの距離が遠くなる。







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