日本の半導体産業はなぜ敗北したのか

かつて集中豪雨のような輸出で世界を震え上がらせた日本の製造業が、あっという間に凋落したのはなぜだろうか。それを考える上でわかりやすいのは、半導体産業である。1990年の世界半導体シェアのベスト10のうち6社が日本メーカーだったが、今は1社もない。なぜこんなことになったのか。

半導体 尖端覇権の興亡
大鹿靖明
講談社
2026-05-27
★★★★☆

これについてTSMCの創業者モーリス・チャンは、2007年に日本メーカーのシンポジウムでこう指摘した。

皆さんが負けたのはなぜだと思いますか。各社それぞれ半導体を設計し、それぞれが工場を持って生産している。日本だけがフルセットでやっています。それに対して私はアメリカから台湾に戻ってきて「生産は私に任せてください」とファウンドリー(製造専業メーカー)を始め、アメリカは設計に特化しました。

要するに世界的な水平分業の波に乗れず、いつまでも垂直統合にこだわって国内で設計から製造までやったことが日本メーカーの最大の失敗だというのだ。これは当時、私も指摘したことだが、それからほとんど20年たっても日本企業はその敗北から立ち直れない。

その原因も明らかだ。日本の経営者の至上命令は雇用を守ることだから、たとえ製造を外部委託したほうが安いとわかっていても、工場を売却できない。労働組合も役員会も反対するので、やむをえず「カンパニー」として子会社にする。出井社長の時代のソニーは連結子会社が800以上もあったが、その社長はみんな出井氏の先輩なので切れなかった。

そこで出井氏は「委員会設置会社」としてEVA(経済的付加価値)を基準にして子会社を取捨選択したが、これは先輩の反発をまねいて挫折した。その後も迷走したあげく辞任したが、彼が後継者に選んだストリンガーはさらに最悪だった。彼は元CBSのプロデューサーで電子機器は何も知らなかったので電子部品を切り捨て、経営はさらに悪化した。

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