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2026年初夏、北海道で起きた2つの殺人事件の裁判が、ほぼ同じタイミングで進んでいます。ご遺族は本当に無念をつのらせながら見守っておいでのこととお察しいたします。
また、北海道の方、また現場となった地域の方々には、いたたまれない思いの方も少なくないことでしょう。被害者の御冥福をお祈りするとともに、この事件で傷ついたみなさまと心のお痛みを共にしたいと思います。
2つの事件、一見すれば無関係に見えますが、そこに通底する心理の構造は驚くほど似ています。被害者は、いずれも「人」として扱われませんでした。服を剥がされ、謝罪させられ、屈辱を与えられ、暴力を受け続ける中で命を奪われました。
私には、これ以上言葉にすることが難しいほど凄惨なものでした。
そしてもうひとつ、見逃せない共通点があります。それは加害者がいずれも「殺意」を認めていないという点です。
なぜこのようなことが起きるのでしょうか。単なる残虐性では説明できない構造が、そこにはあります。この記事では、このような事件に至る心理学的メカニズムについて考えてみたいと思います。今後、同様の事件を二度と起こさないための「心のリテラシー」として読んでいただければ幸いです。
2つの事件
まず、2つの事件について確認します。
1つ目は、江別大学生集団暴行死事件(江別市)です。
2024年10月、北海道江別市の公園で、20歳の男子大学生が元交際相手の女性やその友人ら計6人から約2時間にわたり暴行を受け、死亡しました。
もう1つは、旭川女子高校生殺害事件(旭川市)です。
2024年4月、当時17歳の女子高校生が旭川市の橋から転落させられ、死亡しました。被害者はSNS上のトラブルをきっかけに呼び出され、長時間の監禁・暴行を受けた上で橋の欄干に座らされ、最終的に川へ転落したとされています。
両事件とも、きっかけ自体は…
- 交際トラブル
- SNSトラブル
など、比較的「ありふれたもの」でした。
それがなぜ、このような大惨事に至るのでしょうか。
私はここに、「非人間化(デヒューマナイゼーション)」という心理現象を見ることができると考えます。
こうして、人はヒトを人として見なくなる
非人間化とは、もともと植民地支配の研究などで見出されてきたものです。
本来は共感し、助け合う仲間であるはずの「人間」を人として扱わなくなる…。そんな心理を指します。
この状態では、まず、
- 「正義」がある
- 「正義」に従わない悪者がいる
- 自分がその制裁者になる
というプロセスが心のなかで進みます。
そして、不当な扱いや加害行為が正当化されてしまいます。
実際、加害者らは被害者を「謝罪させる対象」「制裁の対象」として扱っていました。
本来、相手を自分と同じように痛みを感じる「人」として認識していれば、あのような行為は容易にはできないはずです。非人間化が起こっていたことは、明らかだと言ってよいでしょう。
非人間化を加速させる、自己効力感の低さ
ただし、彼らを単純に「特殊な人間」として片付けてしまってはいけません。加害者たちも、ある程度は仲良く出来ていた人たちがいました。
社会の中で人との信頼の中で生活していました。少なくとも、そうした経験を持っていた痕跡も見られます。
ではなぜ、これらの事件では非人間化が加速してしまったのでしょうか?
その背景として、心理学者バンデューラ(Bandura)は「自己効力感の低さ」を指摘しています。自己効力感とは、「自分は何かを成し遂げることができる」という感覚のことです。
加害者の供述には、「自分は無力だ」「何をやってもうまくいかない」「社会の中で役に立っている実感がない」といった趣旨の発言が見られます。このように自己効力感が低い状態は、大きな心理的苦痛を伴います。
実際、自己効力感は、似たような言葉に見えますが「自己肯定感」を支える重要な要素の1つです。そのため、自己効力感が低い状態では、自己肯定感も損なわれ、無力感やモヤモヤした苦しい状態が続きます。
自己効力感の低さという地獄を救う制裁という快感
この状態で、自分が誰かに対して圧倒的に優位な立場に立っているとします。そしてその人に苦痛を与える「正当な理由」があるとします。するとどうでしょうか。
- 「悪者を罰する」「制裁を加える」という行為によって、
- 自分は“成果”を挙げたと感じることができる
となります。
その結果、歪んだ形ではあるものの、一時的に自己効力感が高まります。
そして、それに伴って自己肯定感も押し上げられ、高揚感が生まれます。この高揚感が、私たちの良識を歪ませます。
やがて相手は「同じ痛みを持つ人間」ではなく、「罰されるべき対象」として捉えられるようになります。そして、「苦痛を与えるほど自分の価値が上がる」という倒錯した感覚が生まれ、加害行為をエスカレートさせていくのです。
歪んだ自己効力感
もちろん、このような自己効力感は歪んだものです。
しかし、そのときに感じる快感は「本物の感覚」です。気持ちよくなってしまうのです。
じつはこれ、人類の歴史の中でも繰り返し確認されています。つまり、このような非人間化のメカニズムは、特定の個人だけの問題ではなく、その「芽」を私たちがみな持つものなのです。
もちろん、現代社会ではこうした傾向を抑制するために、教育や倫理が重要な役割を果たしています。しかし、それでもなお、このメカニズムの「芽」のようなものは、進化の中の必然性から私たちが備えたものです。なくなるわけではないのです。
大事なことは、身の回りの「非人間化」に目を向けること
もちろん、誰もが実際に他者を非人間化し、加害に至るわけではありません。他者に甚大な苦痛と絶望を与え、その命を奪うという行為には、当然ながら厳正な責任が伴うべきです。
ただ、この事件を特殊な犯罪として片付けてはいけません。私たちの中にも同様のメカニズムが潜んでいるのです。
誰にでも起こりえます。だからこそ、危険なのです。
たとえば、あなたの身の回りでも、
- 自分の思い通りにならない相手に苛立つ
- 「正しさ」を理由に強く当たる
- 相手の苦痛より「正しさ」を優先する
こうした瞬間、昨日も、今日も、目にしていませんか?
結果として大きな悲劇にはなっていないかもしれません。
ですが、「不要な苦痛を与えている」という点では、同じです。非人間化は、決して遠い場所の出来事ではなく、私たちの身近にも起こりうる現象なのです。
だからこそ、誰の中にでもあることを前提としながら、他者の痛みに注意を向ける意識が重要になります。そうすることで、このメカニズムに飲み込まれることを防ぐことができます。
非人間化に流されるのか、それともそれを自覚し、人との信頼関係を生きるのか、—その選択は、あなた次第なのです。
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杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
臨床心理士(公益法人認定)・公認心理師(国家資格)・1級キャリアコンサルティング技能士(国家資格)。
1990年代後半、精神科におけるうつ病患者の急増に立ち会い、うつ病の本当の治療法と「ヒト」の真相の解明に取り組む。現在は大学で教育・研究に従事する傍ら心理マネジメント研究所を主催し「心理学でもっと幸せに」を目指した大人のための心理学アカデミーも展開している。
日本学術振興会特別研究員などを経て現職。企業や個人の心理コンサルティングや心理支援の開発も行い、NHKニュース、ホンマでっかテレビ、などTV出演も多数。厚労省などの公共事業にも協力し各種検討会の委員や座長も務めて国政にも協力している。
サッカー日本代表の「ドーハの悲劇」以来、日本サッカーの発展を応援し各種メディアで心理学的な解説も行っている。








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