黒坂岳央です。
筆者が外資系企業に勤めていた頃、外国人役員から「日本人は自信がない。計画のブラッシュアップばかりしていないで、とにかくPDCAを回せ」と言われたことがあった。
当時は「そういうものか」と思っていた。だが今は少し違う見方をしている。
現代社会では自己肯定感を高めることが善とされている。書籍が売れ、セミナーが開かれ、「自信を持て」「あなたにはそのままで価値がある」というメッセージが溢れる。
だが筆者はこの風潮に疑問を持っている。なぜなら現代人の問題は「自信が足りない」よりも「謙虚さが足りない」ことの方が多いと感じるからだ。根拠のない高すぎる自己肯定感は、低い自己肯定感よりむしろ危険とすら思う。
なぜなら現代人はどちらかといえば、「自信が足りない」というより「謙虚さが足りない」と思うことが多いからだ。根拠のない高すぎる自己肯定感は、低い自己肯定感よりむしろはるかに危険とすら思う。
誤解のないように言っておくと、根拠のない自信が全部ダメだと言っているわけではない。自分も昔からぼんやりと「自分はここでは終わらない。何かやる人間のはず!」と心の奥底でずっと思っていて、時には根拠なき自信で突破したこともあった。
自分がいっているのはそういうのとは違う。具体的に述べたい。

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高い自己肯定感が良い場合、悪い場合
議論を始める前に整理が必要だ。
「自己肯定感」と「自己評価」は別の変数である。多くの議論がここを混同するため、話が噛み合わなくなる。自己肯定感が高くても自己評価が正確な人は強い。自己肯定感が低くても自己評価が正確な人は修正可能だ。
自分自身、ニートやフリーターの時期から「ここでは終わらないぞ」とどことなくくすぶりを感じていた。これは自己肯定感が高いことから来ている。一方で、「今の自分は底辺層」という市場価値もかなり高い精度で把握はできていた。
だからある時、正社員で働いている人から「え?君、派遣なの?」みたいに悪い意味で驚かれた時も腹は立たなかった。「今はまだ。でもこれから」という感覚だったのだ。つまり、「自己肯定感は高いが、自己評価は低い」ということは両立する。これが「謙虚さ」といえるのではないだろうか。
「自己肯定感が高く、それでいて自己評価も高い」と信じて疑わない時に問題が起きる。つまりは謙虚さがない人が問題になる。
自己評価がズレた人たち
「自分は会社に搾取されている」「頑張っているのに会社は正当に評価してくれない」と不満を持つ人は多い。大体、こうした不満はSNSなどに影響されていることが多く、実際に自分で市場価値を正確に確認してメタ認知できていることは少ない。
そのため、彼らが不満を持っていざ転職市場に出てみると、現職より条件が下がるケースは少なくない。こうなると実際の評価は「市場価値より高値で買われていた」という真逆になる。
本人の感覚では能力100に対して給与60しか払われていないと感じていたが、実際の評価は逆で市場の評価が能力60という場合は現職の給与はむしろ市場より高いというケースだ。
婚活も同じことがよくある。相手に求める条件が異常に多かったり、高すぎたりという人は少なくない。でもそうした人たちの世界には鏡が存在しないので、相手に求める水準が自分自身のスペックとは釣り合っていないことには永遠に気づかない。
ここで「今の婚活市場は程度が低い人が多い」「条件を下げる必要はない、いつかいい人が来る」という歪んだ自己評価が正しい前提で解釈すると一切フィードバックがないまま、年だけを取るという悲劇になる。実際に相手を変えることはできない。変えられるのは常に自分だけなのだ。
フィードバックが入らないのが致命的
自己評価が低すぎる人も問題がないわけではない。「自分なんて」と自信がないと、行動できない、挑戦しない、機会を逃す。確かにこうした機会損失は小さいとは言えない。
だが自己評価が低い人には、少なくとも「このままではまずい」というメタ認知はある。そのため、相手のアドバイスも全部ではないにしろ、部分的には入ることもある。謙虚さ、素直さがあれば良い出会いがあれば、人生が一気に好転することはあり得る。
一方で自己評価が過大な人は改善チャンスを自ら完全にシャットアウトしている。現実との乖離の原因を常に他責にする。
転職失敗は会社のせい、婚活失敗はいい人がいないせい、収入が上がらないのは社会のせいで解像度粗く処理して、二度と深堀りしないという思考回路だ。本人の内部では全て説明がついているつもりになっているので、外野からのフィードバックは一切受け付けない。
「自分は絶対的に正しい」と疑わなくなると、一生その場で足踏みしながら年だけ取り続ける。低い自己評価も苦しいが修正可能だ。一方で過大な自己評価は一生変わらない選択を自ら選ぶ。
謙虚さを見分けるシグナル
自分が健全な自己評価と危険な過大評価のどちらを持っているか?その判断は簡単だ。失敗したときの反応を見ればいい。
自己肯定感が高いが、自己評価が正確な人は失敗した時に言い訳しない。「ここが足りなかった」「次は改善する」という内部帰属をする。謙虚でない人は「でも」「だって」「普通は」という他責で外部帰属に向かう言葉が出やすい。この言葉を心の盾にした瞬間、その人の成長はそこで停まっている。
もちろん外部要因も実際にある。理不尽な目に遭うことも生きていれば1度やニ度はあるだろう。問題は自己正当化という楽だが成長がないルートを選択しているか?失敗を学びに変えて経験に変えているかだ。
◇
以上を踏まえると、社会が本当に推奨すべきは自己肯定感の向上ではなく、正しい自己評価をすることであり、それに必要な謙虚さである。「自分は完全でない」「まだまだ成長が必要」と思えば、自己肯定感が高くとも、自己評価は修正できる。
本当に危険なのは「自分には価値がない」と思っている人ではない。価値が下がっているのに高いと思い込んでいる人なのだ。
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