「さよなら楽しいお買い物」ハンズ渋谷店閉店の意味

もっと行っておけばよかった。もっと買っておけばよかった。いまさら遅い。ハンズ渋谷店は11月に閉店する。跡地は、訪日観光客向けホテルとして再開発される。

20年前から兆しはあった。2006年、東急ハンズ(現:ハンズ)を運営する東急不動産は、渋谷店入居ビルを特別目的会社に売却。その後一社を挟み、不動産デベロッパー ヒューリックの手に渡った。観光ビジネスに注力するヒューリックが、いずれホテルとして活用することは自明だった。

駅から遠い。安くない。こういった不便・不経済を、ハンズ渋谷店は覆すことができなかった。閉店が意味するのは買い物の「楽しさ」の価値低下である。

筆者撮影(2021年12月)

東急ハンズとは

東急ハンズは、東急不動産——東急百貨店ではない——が、自社の遊休地を活用するため、1976年に作ったホームセンターだ。

「壊れてもすぐに買い替えず、自らの手で修理しよう」
「健やかな暮らしを、自らの手で作り出そう」

そんな思いを「ハンズ」という名前に込めた。自分の手で直す、作る。それをサポートするための道具、素材・部品を揃える。けれど、専門は不動産。小売は全くのシロウトだ。ノウハウがない。ネットもない。どこで仕入れられるのかわからない。結局、頼れるのは「電話帳」だけだった。従業員たちが、金物・家庭用品問屋を電話帳で探し、目当ての商品があるか訊く。本業が不動産であり、知名度も低いハンズへの対応は冷たかった。

だが、この地道な作業を続けたことが意外な効果を生む。従業員に商品の「目利き力」がついてきたのだ。従業員が、販売と仕入れを兼任することで、ニーズに直結した商品が仕入れられるようになった。

大手に敬遠されたため、中小問屋・中小メーカーと取引したことも奏功した。一般のホームセンターでは扱わない掘り出し物を仕入れることができたのだ。これが、ハンズ独特の商品アイテムを生む要因となった。仕入れた工具や素材などを説明するため、旋盤工や電気工事技術者さらには彫金師に至るまで各分野の「職人」も採用した。

小売のシロウトであったことが、「バラエティに富んだ品揃え」と「商品知識が豊富な販売員」というハンズの強みを生み出したのだ。

ハンズ渋谷店とは

これらの強みに加え、不動産業者としての強みをも活用したのがハンズ渋谷店である。

ハンズ渋谷店が建つのは、坂がY字型に入り組んだ三差路だ。商業ビルとして使いやすい場所ではない。ならば逆に「この坂を利用できないか」。不動産デベロッパーならではのアイデアを思いつく。坂の高さに合わせ出入口を3つ作る。ビル内に3つのフロア段差を設け、各フロアをらせん状の階段で結ぶ。狙ったのは「店内をグルグルめぐる楽しさ」だ。

そう。ハンズ渋谷店は楽しい。目的の商品の清算を澄ませ、低い段差の階段を下りかけると、次のフロアがちらりと見える、いや見えてしまう。

「何だあの傘立ては!カッコいい」
「探していた歯ブラシがこんなところに」
「昔使っていたカセットテープが売っているとは……」

408段を下り、24フロアを巡り終える頃、両手は荷物でいっぱいだ。「こんなに買うつもりじゃなかったのに」。衝動買い。ついで買い。(ムダ遣い)。「非計画購買」である。店舗での買い物で、非計画購買が占める割合は5割から9割と言われる。ネット販売に対抗できる数少ない手段の一つだ。

ショールーミングの定着

ハンズ渋谷店同様、非計画購買に強いのは「ドン・キホーテ」である。高所に置かれた無名メーカーのスナック菓子。目の前に吊り下がる異色のチョコレート。ごちゃごちゃの陳列によって、別の商品に目を向けさせる。一見、非効率的に見える圧縮陳列は、衝動買いを誘発させる。

違いは価格だ。ハンズに「お得感」はない。結果、良い商品を見つけてもハンズで買わず、ネットで買う「ショールーミング客」が増えていく。

このような顧客はネット普及以前から存在する。驚くべきことに、40年前(昭和61年)発刊の書籍『ハンズ現象』には、ショールーミングとでもいうべき行動をする利用者の発言が載っている。

「ハンズには、何が売られているのか下調べに行く。そして近所の安い店とかで買う。私にとってハンズとは、さわれるカタログ」(渋谷店を利用/20歳 女性 雑貨店店員)

『ハンズ現象』(東京マーケティング協会著/株式会社エム・アイ・エー)

このような購入スタイルは広まり、ネットの普及で定着した。いまや、米国では消費者の35%がショールーミングを行っていると言う。東急不動産の西川社長(当時)は、東洋経済の取材で以下のように述べている。

ハンズに来店して商品を見て重さを確認し、説明書に書いていない使い方まで教えてもらった末に最安値のECで買うという顧客もいる。だったら入場料取れ!と冗談混じりで言ったこともある。

「ハンズを手放す」決断下した東急不動産の苦悶 小売の常識覆した「素人集団」はなぜ挫折したか | ビジネス | 東洋経済オンライン

ショールーミングの対策は

  • 自店でしか買えない商品(PBなど)を作り、訪店を促すこと
  • 自社のECサイトを強化し、顧客を囲い込むこと

だ。ハンズはどちらも弱かった。カインズの傘下になり改善された。2025年には最高益を更新した。だが遅すぎた。冒頭で記した通り、兆しは20年前からあったのだ。

賢くなった消費者たち

ハンズ渋谷店は楽しい。けれど、忙しい時間を割いて行くほどではない。安価なネットとの価格差を埋めるほどでもない。面倒だからまた今度。こうして、渋谷店には行かなくなり、衝動買いをすることもなくなった。

閉店まであと5ヶ月。最終日には、別れを惜しむ人たちが押し寄せるだろう。その光景がニュースで流れることだろう。それをテレビで眺めるのは、賢くなった消費者たちだ。残念ながら、筆者もその一人である。

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