長年、投資家は企業を評価する際に馴染みのある方程式を使ってきた。収益を伸ばし、利益を上げ、株主に還元する。しかし今、その前提が崩れつつある。年間数十億ドルの損失を出しながら、巨大な企業価値を維持できる「兆ドル企業」が登場し始めているのだ。

イーロン・マスク氏
スペースXは多額の損失を報告しながらも、世界で最も価値の高い上場企業の一つとなった。同時に、OpenAIやアンソロピックも、近い将来の利益化を前提としないまま、天文学的な評価額を掲げて株式公開に向けて動いている。これらの企業は、半導体やデータセンター、AIインフラに莫大な資金を投じており、「今日の損失が明日の経済的勝者を生む」という賭けに出ている。
米Spotifyのポッドキャスト「Plain English」では、ホストのデレク・トンプソン氏が、投資会社リソルツ・ウェルス・マネジメントのマイケル・バトニック氏とベン・カールソン氏を招き、この現象について議論している。
スペースXIPO、本当の「目当て」は何だったのか
スペースXは2兆ドルをやや超える評価額でIPOを行ったが、ピーク時からすでに約25%下落している。利益はなく、コストは莫大で、優良な衛星事業(スターリンク)に、資金を消費し続けるAI事業がぶら下がっている状態だ。
バトニック氏は、この問いに対して角度を変えた見方を示す。投資家がスペースXに何を期待しているかという問いより重要なのは、「2兆ドルという市場規模そのもの」だという。スターリンクが画期的な事業であることや、AIの「32兆ドルの総アドレス可能市場(TAM)」といった話は脇に置いても、インデックス投資家からすれば、フェイスブックが非公開のまま長く成長を続け、その成長分を取り逃した経験を踏まえ、「3000億ドル時点でスペースXに投資する機会を逃した」という感覚こそが重要だというのだ。結果として、インデックス投資家は、自分が必ずしも好まないかもしれない「破天荒なリーダー」イーロン・マスク氏が率いる2兆ドル規模の企業を、事実上抱え込まされる形になっている。
ナスダック100への「特急組み入れ」と、見えない希薄化の罠
通常、企業がナスダック100に組み入れられるには、利益(4四半期分の実績など)を示す「熟成期間」が必要とされる。しかしナスダックは、「われわれは世界のイノベーション取引所だ」という立場から、スペースXの特急組み入れを進めているという。
ここで重要になるのが「フリーフロート調整後market cap」という概念だ。単純に2兆ドルがそのまま指数に組み込まれるわけではなく、実際に公開市場で取引可能な株式数を基準に計算される。マスク氏が同社の40%超を保有しているため、その分は市場規模の算定から除外される。結果として、スペースXは市場価値で世界第5位の企業になり得る一方、S&P500に組み入れられた場合の実際の指数内での重みは、180位程度の銘柄に相当するに過ぎない可能性があるという。
さらに注目すべきは、株式の供出量だ。通常のIPOでは企業の約30%の株式を市場に出すのに対し、スペースXは わずか3%しか公開しなかった。トンプソン氏はこれを、「需要が非常に大きいと分かっているからこそ、供給を意図的に絞り、需要が供給を大きく上回る状況を作り出した」結果だと説明する。さらに、内部関係者が株式を売却できる「ロックアップ解除」の条件も、株価が一定期間、一定水準(20〜30%上昇など)を上回った場合に早期解除されるという仕組みになっており、希少性そのものが価格上昇を誘発する構造になっている。
「今ではなく、未来を買っている」——イーロン・マスク的セールスの真髄
カールソン氏は、スペースXの高評価を理解する鍵は、ハイテク企業のリーダーが持つ「未来を売る力」にあると指摘する。この発想の原点はジェフ・ベゾス氏に遡る。「今を心配するな、未来を心配しろ。この評価額に追いついていく」という姿勢だ。ドットコムバブル崩壊時、アマゾンの株価は94%下落し、当時は誰もこの考え方を信じていなかったが、最終的にキャッシュフローが追いつき、評価額に「成長」が追いついた。
マスク氏は、この手法をテスラでさらに極限まで推し進めた人物だとカールソン氏は言う。ファンダメンタル分析を重視する投資家たちは長年、テスラを「冗談のような会社」と評してきた。マスク氏は繰り返し新株を発行し、通常であればこれは既存株主の希薄化(1株当たり利益の低下)を招くはずだが、それでも「この増資が会社の成長を後押しする」というストーリーを投資家に売り続けてきた。
スペースXでも同じ手法が使われているという。単純な数字だけを見れば、190億ドル程度の収益で2兆ドルの評価額というのは「全く理屈に合わない」。しかし、そこに「宇宙のデータセンター」や「火星への旅」といった未来像が加わることで、多くの投資家がその物語を信じるようになる。実際、今回のIPOでは需要の30%が個人投資家からのものだったという。通常のIPOでは個人投資家の比率は5〜10%程度に過ぎず、これはマスク氏がいかに優れた「ショーマン・セールスマン」であるかを示す数字だ。もちろん、ロケットの実際の打ち上げ・着陸といった実績が伴っていることも事実であり、物語だけが全てではない。
兆ドル企業と「ゼロ利益」の新しい関係
スペースX、OpenAI、アンソロピックという3社が同じ年に揃って上場に向かい、合計で3兆ドル規模、しかし合計利益はゼロを大きく下回るという状況は、株式市場における企業評価のルールそのものが変化していることを示している。利益や売上の伸びという伝統的な指標よりも、「将来どれだけ大きな物語を投資家に信じさせられるか」、そして「株式の供給をどれだけ絞り、希少性を演出できるか」が、企業価値を決定づける時代に入りつつあるのかもしれない。






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