
(前回:本はアマゾン、書店は大手チェーンへ:出版社の現実(中編))
前稿で私は次のように書いた。移行したあと、一社に握られきらないための足場を、どこに残しておくか──と。買い切りへの移行は避けられず、その先ではアマゾンが販路も利益率も握っていく。ならば、出版社と書店は、その巨大な捕食者の外側に、自分たちの逃げ場をどう確保するのか。

幸い、この問いには先例がある。アマゾンに十数年早く晒されてきた欧米の独立系書店が、すでに「連帯」と「テクノロジーの共有」で、独自の防衛経済圏を築きつつあるからだ。日本が学ぶべきは、その思想である。
まず、対アマゾン包囲網の決定版といえるのが、米国の「Bookshop.org」だ。2020年に誕生し、2025年には売上が約7,000万ドル、前年比55%増まで成長した。創業以来、地元書店に還元した金額は累計で4,600万ドルを超える。
仕組みはこうだ。町の本屋は、サイト内に自店のページとおすすめ本リストを無料で持つ。読者がそこから注文すると、在庫・梱包・発送・返品対応は、背後にある大手卸が一括で代行する。書店は一冊も倉庫に抱えず、箱詰めもせずに、ネット販売で戦える。
そして、そのアフィリエイト経由の売上は、表示価格の30%──書店の利益のほぼ全額が、地元の店に渡る。近年は、アマゾンの独壇場だった電子書籍やインディーズ作品にも進出し、町の本屋がデジタルでもマージンを得られる仕組みを完成させつつある。
音声の領域で同じ思想を体現するのが「Libro.fm」だ。オーディオブック市場を独占するのは、アマゾン傘下のAudibleである。Libro.fmは、月額制という構造はAudibleと同じまま、読者が払った料金の一部を、指定した地元の独立系書店へ毎月分配する。
さらに、購入した音声データをDRMフリー、つまりコピーガードなしで提供する。アマゾンのアプリに縛られず、読者が本当にその一冊を「所有」できる。プラットフォームに囲い込まれることを嫌う層の、倫理的な消費を支える設計だ。
制度の面で最も強いのが、フランスである。フランスは1981年のラング法で新刊の値引きを5%までに制限し、さらに2023年10月、35ユーロ未満の書籍のネット注文に最低3ユーロの送料を義務づけた。
アマゾンが長年、送料を実質1セントに抑えて価格優位を保ってきた、その最大の武器を法律で封じたのだ。アマゾンはこの規制をEU法違反・保護主義だと訴えたが、2026年、フランスの最高行政裁判所はその訴えを退けている。国家が、本屋を守る側に明確に立った。
これらに共通するのは、一つの発想だ。プラットフォームの「ガワ」──ECの仕組み、物流、決済──は共同で持ち、利益と「顔の見える関係」は、個々の書店や地域に残す。巨大資本に対抗するのは、一社の奮闘ではなく、多数の連帯なのである。
ならば、これをそのまま日本に持ち込めばいいのか。残念ながら、そう簡単ではない。日本には、固有の目詰まりが三つある。
第一に、Bookshop.orgの背後にあるような、消費者の自宅へ一冊から高速配送できるオープンな超巨大卸が、日本には存在しない。日販やトーハンの物流は、書店へのルート配送、すなわち企業間のBtoBに特化して磨かれてきたからだ。
第二に、マージンの薄さがある。Bookshop.orgが30%もの還元をできるのは、欧米の書店マージンがそれだけ厚いからだ。一方、日本の書店マージンはわずか22%前後。取次の取り分を合わせても、外部のプラットフォームが間に入って分け合えるだけのパイが、最初から残っていない。
第三に、再販制度と定価販売だ。どこで買っても同じ値段である日本では、読者に「応援のための送料」を上乗せして払ってもらうことが難しい。送料無料とポイント還元を繰り出すアマゾンの利便性に、結局は読者を奪われ続ける。
だからこそ、日本の答えは欧米の単純なコピーであってはならない。「低マージン・再販制度」という日本独自の縛りの中で、いかにテクノロジーを共通化するか。これは、欧米よりも一段難しいパズルである。
解くための方向は、見えている。大手チェーンが単独で取次外しに動くだけでなく、中小出版社と地方の独立系書店が手を組み、物流とITシステムという「ガワ」は共同出資で共通化し、利益と顧客との直接の関係は、それぞれの地域とファンコミュニティに分散して持つ。
アマゾンを「世界最大の販売ブース」として冷徹に使い倒しながら、足元には、コアな読者との直接のつながりと、アマゾンのアルゴリズムの外に張った細い流通網を、いくつも仕込んでおく。
これまでの出版社は、良い本を作って取次に渡せば全国に届くという、穏やかな環境に守られた「製造業」だった。だが、温室のガラスはもう割れている。作るだけの会社は生き残れない。自ら熱量を集め、読者との渦を生み出す「メディア・コミュニティ業」へと脱皮できるかどうか。寂しい風景のその先で、なお本の多様性と出版の自由を生き延びさせる足場は、いま、この瞬間の連帯からしか作れない。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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