黒坂岳央です。
SNSでは「人手不足のくせに何度も面接をして、履歴書も返さず、志望動機まで聞いてくる会社は異常」といった不満をよく見る。「人手不足なのだから、労働者有利であるはずだ」と言いたいのだろう。
だが結論から言えば、どれだけ人手不足でも企業側は「いらない人」を無理に入れてしまう方がはるかにダメージが大きい。間違ってミスマッチを起こすくらいなら、人手不足の方がはるかにマシである。企業が真に恐れているのは、採用ミスによる二次被害なのだ。だから基本的に選考プロセスは今後も変わらない。
多くの企業調査で、採用難のトップ要因は応募者のスキル不足・ミスマッチだと回答されている。つまり「人がいない」のではなく「採りたい人がいない」というのが実態に近い。
お断りしておくと、理不尽な選考プロセスを敷く悪い会社が存在することも事実である。そちらは別途糾弾されるべきだ。また、本稿が対象とするのは「働きたくても働けない人」ではない。

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業種によって「選考」の重みは違う
生産性への影響がそこまで大きくない分野、たとえば流れ作業、介護、建設などでは、多少コミュニケーションに難があっても「いるだけで役に立つ」公算が大きい。人手そのものが希少な現場では、社会性の閾値は相対的に低くなる。だから選考も甘い。
だが問題はデスクワーク、特に少人数チームや裁量労働を伴う職種である。こうした現場では、一人の問題社員が与える負の生産性が極めて大きい。周囲が疲弊し、優秀な社員から辞めていき、管理職の時間が問題対応に吸われる。
体を動かす仕事と、頭と口を動かす仕事とでは、社会性の重要度がまったく違う。冒頭の「人手不足のくせに選別をしっかりしてくる」という企業は後者だ。
会社は面接で何を見ているか
SNSでは「企業は面接で従順な人材を見つけたいだけ」という批判もあるが、これは当たり前である。
雇用され、労働者である以上は、責任者の指揮命令に従うことが評価対象になるのは当然で、その上で結果を出すことが求められるポジションである。「扱いやすい奴隷が欲しいだけ」という批判は的外れで、従業員ポジションで起業家や投資家のような人材を求める会社は少数派だ。
アメリカは職務範囲外の仕事を断っても解雇されない代わりに、成果が出なければ即解雇される。日本は逆で、解雇規制ゆえに事後排除のコストが極めて高い。だからこそ日本企業は採用の入口、つまり選考段階でのフィルタリングに依存する度合いが高くなる。
面接回数の多さや志望動機の深掘りは、非効率な儀式ではなく、解雇コストの高さを事前選別コストに転嫁した結果である。
会社は文句の多い労働者はいらない
いろんな会社で働いてきた立場からいえば、「どれだけ人手不足でも、権利ばかり主張する社員はいらない」というのが多くの会社の本音である。
もちろん、与えられた権利を行使する事自体は違法ではない。だが、それは「仕事で結果を出す。人事権を持つ上司や会社の規則に従う」という義務を果たした後だ。
問題は「会社が期待する成果を出す前に、権利の行使を要求する」という順序の逆転である。企業が忌避するのは労働者の権利意識ではなく、成果と権利要求の相関が薄い人材、つまり投入コストに対して回収期待値が低い人材だ。
「面倒な面接や志望動機の確認をさせるな」という発言は、企業側からすると一つのシグナルとして機能する。選考プロセスへの不満を公言する頻度と、入社後の指示不服従・早期離職率には相関があるという前提を、多くの採用担当者は経験則として持っている。
真偽はともかく、企業はこのシグナルをコストの低いフィルターとして使っているにすぎない。
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そして採否の決定権が企業側にあることは制度上疑いようがない。求人倍率が高い局面でも、個別の採用シーンでは最終的に企業が選ぶ立場にある。もちろん応募者にも辞退する自由はあるが、選考過程における評価基準の設定権は、雇用のコストとリスクを負担する企業側にある。これはごく普通の経済原理にすぎない。
「企業は高望みだ」と感じる自己評価の高い層は、市場価値は自分ではなく買い手が決めるという原則を見落としている。人手不足の時代に選ばれるのは、スキルだけでなく、一緒に働いて摩擦を生まない人材である。
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