葉山に引っ越したら、脳がバカになった話

Moarave/iStock

結論から言う。環境が人を殺す。比喩じゃない。

いや、比喩か。ごめん。

でも本気でそう思っている。

僕は自宅を葉山に移した。海が見える。朝、窓を開けると潮の匂いがする。人が急いでいない。犬が歩いている。犬まで急いでいない。最高だ。最高すぎて、僕はだんだんバカになった。

自分で自分を育てる戦略書』(大坪拓摩著)かんき出版

これは謙遜ではない。実感だ。

東京にいた頃、当たり前にキャッチしていたはずの空気感がある。あの、なんというか、街全体が微熱を出しているような感じ。それが、葉山にいるとまったく届かない。そして恐ろしいのは、届いていないことに気づかないという点だ。

気づくのは数ヵ月後。誰かに「えっ、それ知らないんですか」と言われた瞬間。あの瞬間の、耳の裏がすっと冷たくなる感じ。あれを味わったことがある人は、わかると思う。

山手線と、20分待ちのホーム

なぜこんなことが起きるのか。

理屈は単純で、身体が違うからだ。

山手線は数分で次が来る。だから一本逃しても心は動かない。次でいい。ところが郊外の駅は、20分待ち、30分待ちが普通にある。一本逃すと予定が崩壊する。ならば急ぐかというと、逆だ。もう間に合わないから、急がなくなる。ホームのベンチに座って、缶コーヒーを買う。悪くない。悪くないのが、まずい。

交差点も同じだ。都心の交差点で自分だけゆっくり歩いてみるといい。舌打ちされる。肩がぶつかる。だから早足になる。強制的に。あれは訓練装置だった。今ならわかる。

郊外の交差点には、誰もいない。急ぐ理由がない。歩幅が落ちる。呼吸が落ちる。思考が、落ちる。

フィジカルが意識を規定する。順番が逆だと思っている人が多いが、逆だ。

一夜にして業界が消える時代に、犬と散歩していていいのか

ここで急に真面目な話をする。(話の流れが悪いのは承知の上だ)

「VUCAの時代」という言葉がある。Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity。先が読めない時代、という意味だ。ビジネス書を三冊読めば必ず出てくる。もう聞き飽きた。

ところが、そのVUCAすら古いらしい。アメリカの未来学者ジャメイス・カシオは、次の時代を「BANI」と呼んだ。Brittle(脆さ)、Anxious(不安)、Non-Linear(非線形)、Incomprehensible(不可解)。

先が読めない、どころではない。何が起きても不思議ではない。そういう時代だ。

朝に投資を始めた人間が、夜には億万長者になっている。千年続いた老舗が、明日つぶれる。……いや、千年はさすがに盛った。金剛組みたいな会社は日本に何社もない。でも百年ならある。百年でも十分こわい。

固定電話は消えた。カーナビ専業メーカーはGoogleマップに轢かれた。レンタルビデオ店は、Netflixが出てきた瞬間に終わった。トップシェアを取っていた会社もあった。関係なかった。市場ごと消えれば、シェアなど数字の遺言でしかない。

そういう時代に、僕は葉山でリラックスしている。

……いや、まずいだろ。

だから僕は、爆音でアンダーワールドを聴く

というわけで対策を書く。ここが本題だ(本題が最後に来るコラムを許してほしい)。

葉山にいるとき、僕は意図的にオンライン会議でスケジュールを埋める。空白を作らない。空白を作ると、海を見てしまうからだ。海は敵だ。美しい敵だ。

それでもダメなときは、音楽をかける。爆音で。

イギリスの音楽グループ、アンダーワールド。あれを大音量で流すと、F1のコクピットに放り込まれたような気分になる。集中力が物理的に上がる。葉山モードの僕が聴くと、だいたい30分で東京モードに強制リセットされる。

安い解決策だと笑われるかもしれない。笑ってくれていい。

でも、住む場所も職場も、そう簡単には変えられない。だったら、付き合う相手を変える。都心との接点を意識的に増やす。それも無理なら、せめて音量を上げる。

環境が人をつくるなら、環境はつくり出すこともできるはずだ。

たぶん。知らんけど。

※ここでは、本編のエピソードをラノベ調コラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

日本初のClaude実用書です。発売即重版しました。

3時間で身につくClaude活用術』(WAVE出版)

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント