中道・小川淳也代表、政権ビジョンに「責任を持てないAI資料」を添える

「競争力ある福祉国家」という大風呂敷

中道改革連合は7月14日、党が目指す国家像として「競争力ある福祉国家」の政権ビジョンを公表した。

教育、子育て、医療、介護などへの支出を単なる福祉コストではなく「人への投資」と位置づけ、安心が挑戦を生み、挑戦が経済成長につながる循環をつくるという構想である。

具体的には、人への投資、成長力の再構築、教育立国、食料・エネルギーの国産化、国土再設計、東京一極集中の是正、次世代投資、国際秩序への貢献、人権・民主主義、国会改革という10本の柱を掲げた。高市政権に対抗する包括的な国家ビジョンを示そうとしたものだ。

小川淳也代表は発表に先立ち、この国家運営の理念を「30年間考え続けてきた」と自ら強調していた。並々ならぬ思いを込めた、政治家人生の集大成ということらしい。

「責任を持てないので引用しないで」

ところが、発表会見では、その壮大な国家構想を台無しにするような説明が飛び出した。

会見で配布された資料は2種類あり、そのうちAIで生成した参考資料について、司会者は「内容やデザインを含めて責任を持てる状態にはありません」と説明し、直接の引用や映像使用を避けるよう報道陣に求めたのである。

小川代表の発言は、政権ビジョンそのものをAIに丸投げしたようにも聞こえる。しかし、会見全体を確認すると、正式なビジョンとは別にAI生成の補助資料が配られたとみるのが妥当だ。

それでも疑問は残る。内容の正確性を確認できず、党として責任も持てず、引用されては困る資料を、なぜ公式の記者会見で配布したのだろうか。

答えは簡単である。配らなければよかったのだ。

問題はAIではなく政治家の責任

政治にAIを活用すること自体は何も悪くない。資料の要約、論点整理、図表作成、海外事例の調査など、AIは政策形成を効率化する有力な道具になり得る。

しかし、AIが出力した内容を検証し、誤りを修正し、最終的に自らの名前で責任を負うことが人間の仕事である。

「AIが作ったので責任を持てない」という説明は、AI活用ではない。単なる責任放棄だ。

企業が取引先への提案書をAIで作成し、「内容は確認していないので引用しないでください」と言えば、取引はその場で終わる。大学生がAIで作ったレポートを提出し、「正しいか分からないので採点しないでください」と言っても通用しない。

ましてや今回のテーマは、日本の国家運営である。

まず自分たちの資料を統治してはどうか

正式なビジョンも、方向性は美しいが、抽象的な言葉が多い。

教育も充実させる。医療や介護も強化する。食料とエネルギーを国産化する。地方も再生する。成長産業にも投資する。社会保障も手厚くする――。誰も反対しにくい政策を並べているが、どの制度を削り、誰に負担を求め、財源をどう確保するのかは今後の検討とされている。

国家ビジョンとは、理想を列挙する作文ではない。限られた財源と人員の中で何を優先し、何を諦めるのかを示すものである。

「政治の責任として、新しい成熟国家モデルを提示する」と宣言する一方で、同じ会見で「責任を持てない資料」を配る。この落差こそ、中道改革連合の現在地を象徴している。

日本の統治機構を改革する前に、まず自分たちが配布する資料の品質管理と責任体制を改革した方がよい。

30年間考えてきた国家ビジョンなら、せめて30分程度は人間が資料を確認すべきだったのではないか。

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