男系男子の養子案は麻生氏が皇室を私物化する「天皇の政治利用」

  • 改正皇室典範の養子案は三笠宮寬仁が提唱し、彬子様が引き継いだ案を麻生太郎氏が政治的に推進したもの。
  • その背景には、旧宮家の皇籍離脱をGHQの「戦後レジーム」として否定した安倍晋三氏の遺志があった。
  • 麻生氏の目的は皇統の維持ではなく、三笠宮家に皇統を移行して皇室を私物化する、天皇の政治利用である。


7月17日に成立した改正皇室典範では、男系男子の養子を皇室に迎える制度が新設された。この問題でもっとも不可解なのは、自民党の麻生副総裁がなぜこの案に強く執着したのかという点である。これについては推測するほかないが、彼が皇族と姻戚関係にあることと無関係ではないだろう。

一般には、この養子案は2021年の政府有識者会議が打ち出したと思われているが、この構想の源流はもっと古い。これを提案したのは三笠宮家であり、それを推進したのが麻生氏だった。

三笠宮寬仁が提案した養子案

2005年、小泉政権の有識者会議が女性・女系天皇の容認に向けて議論を進める中、三笠宮寬仁は自身が会長を務める団体の会報で、男系継承を維持するための代案を示した。その一つが、女性皇族が旧皇族の男系男子を養子に迎え、その人物を皇族とする構想だった。(JINF)

当時の政府有識者会議は、現行制度が皇族の養子を禁止していることや、旧皇族と現在の皇室との血縁が遠いことを懸念し、最終的には養子案の採用は「きわめて困難」と判断し、女性・女系天皇への道を開く答申をまとめた。悠仁親王の誕生によって典範改正も棚上げされた。

この考えを引き継いだのが、寬仁の長女である彬子様だった。野田政権が女性宮家の創設を検討していた2012年、彬子女王は毎日新聞のインタビューで、議論が女性宮家だけに限定されていることに違和感を示し、「男系で続く旧皇族に皇室へ戻ってもらう方法も選択肢になりうる」と述べた。

麻生氏が政治面で制度化を支えた

この構想を政治の側から強く支援したのが麻生太郎氏である。三笠宮信子様は麻生氏の実妹にあたり、寬仁とは親友だった。彬子様は姪である。したがって麻生氏は、寬仁が唱え、彬子様が継承した養子構想と、家族を通じてきわめて近い位置にいた。

麻生氏は自民党の「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」の会長として、男系継承を維持する立場から党内議論を主導した。法案提出直前には「何としても今国会において皇室典範の改正を成し遂げたい」と述べ、成立に強い意欲を示した。

今回の改正では、旧11宮家出身で独身の15歳以上の男系男子が養子の対象とされた。養子本人には皇位継承資格を与えない一方、その後に生まれる男系男子には皇位継承資格が生じるしくみで、制度上は信子様や彬子様も養親となりうる。

旧宮家の独身男子は次の図のように9人いるが、そのうち15歳以上は5人。彬子様は養子を取る意向を表明しているが、もう44歳なので、婿養子ではなく男性を養子に迎え、彼が一般人と結婚する可能性もある。すべては麻生氏の判断次第である。これは彼が皇室を私物化するための制度改正なのだ。


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