天皇が神武天皇の子孫だということの意味を考える

神武天皇の創業と万世一系を怪しむ人は、保守系にもいる。その典型が百田尚樹さんで、その著書である『日本国紀』に対する批判を、アゴラで「日本国紀:陛下は神武天皇の子孫でないのか①②」として書いたことがある。

日本国紀:陛下は神武天皇の子孫でないのか①
『日本国紀』の内容でいちばんの驚きは、応神天皇は仲哀天皇を討った熊襲、継体天皇も王朝交替の可能性が強いとして万世一系を否定的にみていることだ。つまり、今上陛下は神武天皇の子孫でないと強く示唆しているのである。本稿では、百田氏を批判しようとか...
日本国紀:陛下は神武天皇の子孫?②(実年代編)
①では、応神天皇や継体天皇が新王朝を開いたとすることは不自然で、まず間違いなく、皇統は連続しているということを論証した。日本国紀:陛下は神武天皇の子孫でないのか①今回は、西暦2019年が皇紀2679年前というのは古すぎるとして、実際には各天...

今回の皇位継承議論のなかでも、革新系の人でなくとも、百田氏に似た議論をする人が大勢おられる。そこで、上記の百田氏への反論を改めて紹介するとともに、今回の議論の文脈に沿って再整理したい。

いうまでもなく、古代史は同時代の文字記録がない限り、100%確定することはできない。中国の古代王朝の存在は、殷墟で甲骨文字が発掘されて初めて、疑う人がいなくなった。それまでは、周すら架空だといわれたりした。

日本では文字がなかったため、神武創業や崇神天皇による国家創立を立証することは、今後とも無理である。だが、私がいいたいのは、日本の皇室が、同時代の文字記録である倭王武の上表文に限定しても、5世紀から一貫して主張している王朝の歴史は、特に強い疑いを持たれるようなものではないし、それに基づいて樹立され、守られてきた継承原則は尊重されるべきであるということにすぎない。もちろん、変更が不可能だといっているわけではない。

神武創業があった2600年前は縄文時代だから、『日本書紀』が書いていることはすべて嘘だ、というのが万世一系否定論者の主張だ。

かつて保守派は、神武東征に始まる現実離れした皇国史観に拘泥して、墓穴を掘っていた。そこで私は、1989年12月号の『中央公論』に「霞が関から邪馬台国をみれば」を発表し、『日本書紀』を、中世以降に加えられた皇国史観的な粉飾から脱して率直に読めば、その内容は説得力が高く、万世一系も真実である可能性が高いという説を発表した。

特に、『日本書紀』でも『古事記』でも、神武天皇が日向で領地や家来を持つ存在だったとも、大軍を率いて神武東征に出発したとも書いていないことを指摘した。当時は誰もいっていなかった。

『日本書紀』は、日向に住む中年のイワレヒコが、数人の男たちとチャンスを求めて、経済発展しつつあった大和を目指して旅立ち、吉備などで途中、力を蓄え、橿原市周辺を領する小王国を乗っ取って王となったとしている。

地元の有力者の娘と結婚し、近隣の有力者と婚姻して勢力を広げ、10代目の崇神天皇が、宗教的中心だった桜井市付近を版図に入れて、大和を統一したとする。

長すぎる寿命は、古代の人たちも嘘だと分かりつつ書いただけで、現実的な長さに補正すればよいことである。古代における父子の年齢差の平均的な数字を基に、『日本書紀』の記述から、平均より年齢差が大きそうだとか、短そうだとかを加味すればよい。

さらに、中国や韓国の史書、好太王碑で分かる倭の五王の遣使、倭軍の襲来、七支刀で分かる神功皇太后の治世などから実年代に当てはめると、ほぼ応神天皇以降の実年代は確定する。

そこから『日本書紀』の記述に従い、崇神天皇まで推定できる。崇神天皇は卑弥呼の1世代後で、3世紀半ばの即位、ヤマトタケルの活躍は300年ごろ、仲哀天皇と神功皇后による国家統一が346年ごろである。

神武天皇は崇神天皇から9世代前だから、紀元前後である。ただ、文字の初歩的な使用などが始まった4~5世紀の応神朝の時代には、曖昧な記憶になっていたのも当然である。崇神天皇にとって神武天皇は、初めて大和に土着した先祖という程度の意識だったのだろう。

そして、478年の倭王武の上表文には、「昔より祖禰躬ら甲冑を擐き、山川を跋渉して寧処に遑あらず。東は毛人を征すること五十五国、西は衆夷を服すること六十六国、渡りて海北を平ぐること九十五国」とあり、倭王武の先祖が、畿内の小国を統一国家に発展させたといっているのである。

それも嘘だといいたい人はいてもよいが、倭国で王朝交代があったらしい記述は、中国や韓国の史書にもない。万世一系は当然のこととして、古代から一貫して国際社会でも受け入れられてきた。日本でも、それを疑うような人はいなかったし、皇室の祭祀でもそれを前提にしてきた。

日本では文字がなかったため、神武創業や崇神天皇による国家創立を立証することは無理である。だが、皇室が千数百年前から伝えていた建国史を否定し、その否定の上に立って女性天皇だ、女系天皇だというのであれば、陛下は「そこまで否定されるなら、どうして私たちの家系を天皇として憲法に位置づけたのか」と問われるべきではないか。

少なくとも昭和天皇なら、そうしたはずだ。上皇陛下や今上天皇が、先祖の祭祀を軽視されているとも見えない。

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